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9.南東北紅葉の旅<前篇:福島~山形> [日本一周(一周目)]


2月になりました。このブログも、前回で全10回の昨年10月に旅した四国シリーズを無事に完結することができ、今回から新しい月に新しい気分で、新しいシリーズ(というほどは長くならないと思いますが…)を開始することが出来そうです。
14日間の四国旅行と、7ヶ月にわたるニート生活最後の旅になる東北旅行とのインターバルは僅かに5日間。この旅行から戻ると人間ドックを受けて、翌週からはいよいよ会社員に復帰です。
以前も書きましたが、本当なら10月前半から北東北の紅葉めぐりを始めて、慣れ親しんだ東北をぐるっと大周遊するという目論見でしたが、結局10月は四国に行ってしまったので、残されたニートの時間はあと10日あまりとなってしまいました。残りの日数的には、もう東北全部の周遊はその後の入社前の準備などを考えるとどう考えてもムリですし、10月も後半だと北東北の紅葉には既にやや遅いような気もします。
ついては、ニート最後の旅ではまだ紅葉が間に合いそうな南東北を回り、最後は再就職するとなかなか来れなくなる気がする仙台の妻の実家にも行く5日間の旅に決めて、週末にバタバタと日程作成と予約を済ませました。
”バタバタと日程作成”と言っても、特に南東北は昭和の時代に仙台で6年間働いていて、今回旅する宮城、福島、山形はしょっちゅう仙台から遊びにも行ったところですし、営業で各地を回ったこともありますので、土地勘は充分にあるところです。
最後のハローワークの失業認定を前日に済ませ、出発は10月22日(木)。妻の兄弟に会うために、仙台泊を日曜日に設定した結果の日程です。

1日目:10月22日(木)

この日本一周で福島県に行くのは3度目です。最初は、新潟から阿賀野川沿いに会津若松に来て泊まり、翌日は会津の観光をした6月前半。次も同じ6月で、娘の結婚式という人生の一大イベントを無事に終えて、傷心(??)のうちに北海道へ旅立つ前、仙台からフェリーに乗るまでの僅かな数時間をここ福島で過ごしています。

福島県と言えば、そのエリアは3つに大きく別れます。海沿いの常磐線・常磐道沿いは”浜通り”、大都市郡山と県庁所在地福島市がある東北線・東北道沿いの”中通り”、そして会津若松を中心とした”会津地方”がその3つのエリアなので、本来であればそれら3エリア全てを訪ねてこその「福島県制覇」なのですが、浜通りはまだ原発の後遺症で観光どころではないようなので、浜通りの観光は”2周目”まで我慢することにします。いずれにせよ、1日も早く元の美しい福島県に戻って欲しいものです。本来ならば前2回では会津と福島市周辺の山々を楽しんだのですから、今回は別のエリアに行くべきなのかも知れませんが、今回は”紅葉紀行”という事なので、とりあえず紅葉の綺麗なところに行くために、前回との重複はやむ無しとさせていただきます。もっとも、福島は関東から仙台までの途中なので、本当に我々家族は何度となく来ていて、来た回数だけでいえば住んでいた宮城の次に東北では多く、「どこに行っても数回目」だという事情もあります。

いつも通り朝早めに家をでて、6月後半の時と同じく二本松ICで東北道を降ります。まずは福島県でも有数の紅葉スポットの”あだたらスキー場”周辺の紅葉を楽しもうと思います。紅葉を見るにはロープウェイがいいとのことなので向かいますが、前回の四国旅行の時とはうって変わって、空は今にも泣き出しそうな様子。2回連続の好天の旅を期待しましたが、さすがにそこまでは甘くはないようです。
それでも道路の周辺はかなり紅葉が進んでいて、紅葉の中のドライブもなかなかです。でも、「この辺りでこれだけの紅葉ってことは、ロープウェイの上の方はどうなんだろう?」と、心配になってきます。最新の紅葉情報では、”上の方は見頃”とのことですが…
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ロープウェイ乗り場には、観光バスもたくさん来ていてかなり混雑しています。何とかロープウェイに乗り曇天の外を眺めますが、小雨模様の外の天気はぼんやりとしていて眺望もいまいちです。おまけに、あだたらの紅葉はもう既に色褪せている感じで、妻曰く、「一週間遅かった!」とのことです。私と違って、東北で生まれ育った妻の紅葉審美眼は確かなのかも知れません。
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懐かしい岳温泉に戻ってランチタイムとします。ここ岳温泉は昭和の時代は仙台から何度となく来たものです。ちょうど今頃は、「二本松の菊人形」を見て「岳温泉に泊まる」というのが、仙台の各企業の職場旅行の定番コースでした。
「吉里吉里人」から始まった、”小さな独立国”ブームの最中にここ岳温泉も「ニコニコ共和国」と称し、共通コインなども発行していた記憶があります。最後に来たのは10年くらい前、小さな地味な温泉旅館の宿泊でしたが、朝ホテルのプランで周辺の自然の中を若女将と散歩したのを覚えています。参加者は我々だけの貸切ガイドツアーでした。

次は裏磐梯の紅葉を眺めに向かいます。久し振りの裏磐梯の湖はまずは秋元湖。紅葉は見頃なのかどうかはよく判りませんが、久し振りの裏磐梯らしい眺望です。
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紅葉以外の観光ではあんまり来ない、私にも来た記憶がない中津川渓谷。ドライブインに駐車して周辺を散策しようと歩き始めましたが、かなりアップダウンもあり手すりがないので躊躇していましたが、散策から戻ってきた年配のカップルに階段や手すりの状況を尋ねたところ、私を見て「ちょっと、無理かも…」とのことだったので、諦めて無理はしないことにします。
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引き返したその場所では、猿に鼻で笑われた気がしました。
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写真ではよく見る渓谷の、橋の手前に短時間だけ車を停めて、渓谷の紅葉を橋の上からパチパチと写真を撮りまくります。渓谷の紅葉は正に見頃のようです。
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その後はゴールドラインなどのドライブルートを走りながら、磐梯山の眺望と紅葉とを楽しみます。この湖は、確か小野川湖でしょうか? 天気はイマイチですが、紅葉は綺麗です。
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ところどころのみどころで車を停めると、他のドライバーの人に後ろの全国の神社のお札が珍しいらしく近寄ってくるようになりました。珍しそうに全国のお札を眺めていますが、どなたもお札を見た後に”右側横の枕崎でつけたキズ”に気づき、決まって無言になります。「このキズ、枕崎の駅でつけたんですよ!」と言いたい気もしますが、聞かれない以上勝手に喋るわけにもいきませんので、黙っていますが、決まって必ず”ビミョ~”な雰囲気になるのでした。

裏磐梯のメイン観光地である五色沼。1時間以上かけてのんびりと散策するのが定番ですが、今回はとりあえず紅葉がメインなので、レストハウス近くの湖とその紅葉で満足することにします。
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紅葉越しの湖(沼?)の眺めもなかなかいいものです。
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その後、紅葉の美しい場所を求めて、ドライブウェイを走ってみます。このあたりの象徴である磐梯山です。
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”会津磐梯山は、宝の山~よ”という民謡を思わず口ずさんでしまいます。30年前、東北新幹線の駅が近づくと到着を知らせる車内のチャイムが各地の民謡だった頃の郡山駅のチャイムがこの曲で、当時月に1回以上は必ず新幹線に乗っていた私は、景色とそのチャイムを完全に覚えていて、”あと10秒くらいで会津磐梯山の曲が流れるぞ…”という予想を外すことはありませんでした。
でも今は、時折新幹線に乗ってもノンストップで大宮の次が仙台なので、”会津磐梯山”を思い出す風景で新幹線が減速することも無くなってしまいました。

本日の宿泊は裏磐梯のロイヤルホテル。ニート最後の旅なので、今回は全泊で少し贅沢をしてしまいました。このホテル、昭和の仙台勤務時代の職場旅行で来て以来28年振りくらいです。仙台からバスでこのホテルまで向かったのですが、バス車内から大宴会が始まり、ホテル到着前から全員がとてつもなく大泥酔状態で、当時はまだ「セクハラ・パワハラ何でもありの時代(!?)」だったので、阿鼻叫喚の1晩だったことだけは痛烈に記憶に残っていて、ホテルそのものの記憶は極めて曖昧でした。でも、エレベーターに乗った時、「そういえば、このエレベーターの中で、泥酔した某課長を介抱したっけ…」と、突然にその時の記憶が蘇りました!

2日目:10月23日(金)

この日はまず裏磐梯から山越えをして山形県の米沢に向かいます。昨日と違って、今日は天気がいいようなのですが、思えばこの旅唯一の好天の1日でした。
檜原湖のすぐ横を走り、湖のほとりの風景を満喫します。
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その後道路は標高を上げていき、峠からも檜原湖が見えています。
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山形県に入り、最初の途中下車は「天元台」。天元台と言えば私的にはスキー場という記憶しかないのですが、勿論私がスキーをしに来た場所なのではなく、冬になると仕事で何度となく来たスキー場だったのです。駐車場すぐ横の紅葉も結構鮮やかで、期待度が高まります。
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ここでもロープウェイで上に登りますが、途中の紅葉もなかなかきれいです。
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ロープウェイ上からの眺めも見事ですが、さすがに上まで来ると紅葉というより、山並みを楽しむという感じになります。
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この方向には米沢市内が見える筈なのですが、米沢市内方面には見事なくらいに雲海が掛かっています。
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ずっと先には、冬の晴天日なら月山や鳥海山が見える筈なのですが、この日は天気は良いもののまだ冬ほどの眺望は効かないようです。
凄く久し振りに米沢市内にも行きたかったのですが、本日は時間もなくスルーさせていただきました。大河ドラマ”天地人”の放送以来米沢には来ていないので、改めて米沢城などにも来てみたいと思いました。米沢から山形新幹線沿いには、温泉や結構懐かしい場所などもあるのですが、昔を懐かしみながらも断腸の思いでスルーさせていただきました。

本日のお昼は上山。上山は妻の母の実家があるところで、結婚後の最初の旅は上山の実家の祖母へのご挨拶と温泉でした。結婚式にも出られなかった老齢の祖母の言葉は、初めて聞くフランス語のようにひとことも理解できなくて、ほんの少しでも理解できた妻に通訳してもらったことが最大の想い出です。
かみのやまには、その後も仕事・プライベートとも何度となく来ていますが、上山というか山形でお昼と言えば私的には何といっても”そば”なので、食べログで探した評価の高い上山のお蕎麦屋さんに向かいます。
郊外にそのお店がある”原口そばや”さんは、結構混んでいて昼前から既に満席の大盛況です。結構寒くなってきているので温かいそばを食べたい気分だったのですが、このお店のメニューはもりそばとそばがきしかないとのことなのです。
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でも、やっぱり山形のそばは旨い! 個人的には長野県と負けず劣らずのどっちも日本一だと思っています。何より、山形のそばでは”はずれ”に当たったことがないのが何よりなのです!
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上山でもう一つ我が家的に外せないものと言えば、中條屋の温泉饅頭。初めて上山に来たとき以来、上山のお土産と言えばいつも必ずこの上山では有名なお饅頭です。今回も実家へのお土産に仕入れますが、この本店で必ず1個はおまけしてくれる習慣は30年間変わっていません。久し振りの作り立ての温泉饅頭は、やっぱり格別な味でした。

山形の観光と言えば、やっぱり蔵王は外せません。蔵王の山の上へのロープウェイはいくつかあるのですが、紅葉的にいいのはどのロープウェイかはわかりませんが、やはり何といってもお地蔵さんに一番近いロープウェイで蔵王の景色を楽しもうと思います。
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でも、このロープウェイ上のルートの紅葉はまだ早いのか終わっているのかは?ですが、鮮やかな色はあまり見られませんので、紅葉云々というより蔵王の風景を楽しむことに切り替えることにします。
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山並みもやっぱり綺麗ですが、蔵王の象徴と言えば、やっぱりこのお地蔵さん。
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久し振りの蔵王ものんびりと楽しむことが出来ました。

蔵王を後にして、月山、湯殿山を見ながら山形の日本海側を目指します。このあたりの道も紅葉の名所で、確かに丁度見頃の紅葉の赤はとっても鮮やかな場所が続くのですが、車を停めて写真を撮るような絶好の場所が中々見つかりません。結構車の通行量も多く、多くの車がかなり飛ばしていて、私もついつい釣られてスピードが上げてしまいましたが、この紅葉の道の鮮やかさは、今回の山形県の中でもピカイチだったかもしれず、写真を撮れなかったことがいまだに心残りでした。

この日の宿泊は湯野浜温泉。湯野浜温泉のこの旅館には、実は忘れられない記憶があります。5年半前、つまり私が病気になる少し前ですが、この年の夏休みを海の日がらみの7月後半の週に取ることを決めていました。1週間の夏休みの前半は、岩手県の野田村での友人たちとのイベントに参加することに決めていたのですが、後半は仙台で妻と落ち合って、ここ湯野浜温泉の以前知人に勧められたことのある宿に泊まろうと、早くから宿の予約をネットで済ませていました。
ところが6月16日に脳卒中で救急搬送され、勿論旅行どころではなくなりますが、当然ICUに入っている時には、そんな予約のことなんて思い出す余裕は全くなかったものの、ようやく2つ目の病院に転院したころにその予約のことを思い出しましたが、妻はネットに疎いので予約を呼び出して取消することが出来ません。おまけに、最悪なことに私がその旅館の名前とどの予約サイトを使って予約したかをすっかり失念してしまっていて、湯野浜温泉であることと宿泊日だけは思い出せたのですが、湯野浜温泉というだけでは宿もかなりたくさんあるので、まさか1軒づつ電話で聞いてみることもできませんし、病床にはネットもパンフレットもないので勧められただけの宿の名前をそう簡単には思い出せそうにもありません。
娘に近辺の旅行のパンフレットを病室に持って来てもらって、ようやく予約した旅館の名前を思い出したのは宿泊予定の1週間前。妻に旅館の電話番号を調べて貰ってキャンセルの電話をしてもらい取消料は何とか免れましたが、病室にあった旅行のパンフレットを看護士さんに見られて、「まだ、歩けないんだから旅行なんて当分無理ですよ!」と同情されながらも窘められたことがとても恥ずかしく、忘れられない記憶として残っています。
その旅館の名前は、「愉海亭みやじま」。その後は当然その旅館の名前を忘れることはなく、「復活の象徴として、いつかは泊まってみよう!」と思っていましたので、今回はその絶好のチャンスです。でも親切なホテルの方にそんな思い出話をしても仕方ないことですし、何より既にもう妻の記憶からもその事件は消えているようなので、そんな記憶は一人で噛みしめることにしました。

この宿のウリは、「日本海の大パノラマ」。日本海に沈む夕日を部屋から見たいと、早めに宿に入って待機していましたが、日が沈む直前に雲がかかってしまい、ギリギリのところで海に沈む夕陽は見られませんでした。
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8.四国一周の旅<最終回:徳島から愛知経由帰宅> [日本一周(一周目)]


12月後半にこの四国旅行記を書き始めた時には、「1月中には書き終えたい。」という結構無謀な目標を掲げたのですが、四国旅行最後の投稿となるこの原稿を打ち始めた今日は、1月29日の朝です。週末は雨または雪予報なので、他に特別することもない日になりそうですから、自宅のパソコンでこの原稿を投稿出来れば、めでたく目標達成となります。このペースで行くと、2月中にはすべての旅行記を一旦書き終えることが出来そうです!

12日目:10月14日(水)

今日は徳島・鳴門エリアを観光して、遂に四国を後にして淡路島に向かいます。
「四国一周と言いながら、徳島~高松間が抜けているじゃないか!?」というご指摘もあろうかと思いますが、実は高松→徳島間は5月の「山陰・山陽大周遊」の帰りに徳島からのフェリーに乗るために既に走っていますので、5ヶ月掛けて四国を本当に丸一周したことになります。もっとも 、高松→徳島間はその時も途中下車はせずにひたすら高速を走っただけですが、それでも一周は一周なのです。

四国最終日の観光の最初は、藍染が有名な徳島エリアでの藍染体験。
染色が趣味の妻に喜んで貰おうと選んだ訪問先で、昨日の阿波尾鶏の埋め合わせでは決してない積もりでしたが、久し振りに染色体験が出来て妻も満足そうです。私は元々染色のような高尚な興味はなく、おまけに片手では染色体験もままならないので、とは言え徳島市内の特段なにもない住宅街では特にする事もなく、約1時間、山並みを見上げてひたすらぼーっとしていました。
だめ押しで藍染の作品でも1つは買ってあげようと売店も覗いてみますが、藍染は確かに手間が掛かる分値段もそれなりで、手が出る価格帯には食指が出るような作品はありませんでした。

今日は、鳴門の渦潮が見える一番の時間(12時半~1時)に鳴門に行くことがメインイベントなので、午前中の時間が少しだけ余ってしまいます。急遽スマホで観光スポットを探し、見つけたバラ園に行ってみましたが、特にどうということはありませんでした。
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少し早めですが鳴門で人気のランチを食べることにします。海沿いのこのレストラン”びんび家”、まだ11時を過ぎたばかりだというのに、入口周辺にはお客さんが既に何組かいて、大きなお店はもうほぼ満席の状態です。
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我々は何とかテーブル席を確保出来ましたが、バラ園であと15分時間を余分に使っていたら、11時半ですが行列に並ばなければいけない状態でした。四国最後の昼食は、1800円也の”刺盛定食”で、たっぷりの海鮮を満喫させていただきました。四国の海産物、本当に旨かったです!ご馳走様でした!
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いよいよ鳴門の渦潮観光に向かいます。鳴門には、3年半前の3月に、当時神戸勤務だった娘の車に乗って、3人で来ています。(記事はこちら)その時も勿論”潮見表”で渦潮が見えやすい時間に来て遊覧船に乗ったのですが、その日は渦潮が見えやすいと言われる大潮の時期ではなかったために、はっきりと”これが鳴門の渦潮だぁ!”というような渦潮は見えたような見えなかったような…感じで、やや微妙な状況でした。
でも、今回は幸いなことに正に大潮の時期で、しかも潮の時間に合わせた訪問ですから恐らく渦潮さんももっとはっきりと顔を出してくれると信じていました。
四国最後のこの日の天気も晴天。本当に四国では一滴の雨にも降られない最高の10日間でした!
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今回は前回乗った遊覧船には乗らずに、海峡の高速道路の下を歩く”渦の道”を歩いて鳴門の渦潮を楽しみます。海峡の上に出ると、期待通りいくつもの渦潮が我々を出迎えてくれます。
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渦潮のすぐそばには遊覧船がいて、遊覧船からでも迫力ある渦潮を見ることが出来たのでしょうが、この渦の道から眺める渦潮は間近で見るより迫力はイマイチかもしれませんが、これはこれでゆっくりと全体が見えていいものです。
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1時間近く鳴門の海峡のさまざまな表情を楽しみ、迫力ある鳴門の渦潮をたっぷりと満喫しました。
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四国最後の観光は、「日本で一番入場料が高い美術館なのに、本物が一つもない美術館」として有名な大塚美術館。3年前に鳴門に来た時にもこの美術館には行こうとしたのですが、余りにも高いその入場料に、ケチというかしっかり者の娘が「高すぎる!やめよう!」と、とっとと先に進んでしまったことを思い出します。
確かにすべてコピーの美術品ばかりですが、それでもこれだけ世界中の名画をすべて揃えると、偽物とは言え凄い迫力です。
バチカンのシスティーナ礼拝堂。本物と同じサイズなのでしょう… 大迫力でした。
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「世界三大名画」と言われる作品も勿論あります。まずは、レンブラントの「夜警」。本物はアムステルダムの博物館で何回か見ています。
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私の大好きな、トレドにあるエル・グレコの「オルガス伯の埋葬」も勿論あります。猛烈に、あのトレドに行きたくって堪らなくなりました。
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世界三大名画の最後は、私にとっては一番強烈な印象の美術館であるマドリードのプラド美術館にあるベラスケスの「ラス・メニーナス」
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そしてやはりありました。今や本物のあるミラノに行っても簡単には見られなくなったらしい「最後の晩餐。」
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名画の締めくくりは、何故か見る人に強烈な印象を抱かせるピカソのゲルニカ。この絵も、マドリードいやスペインの至宝です。
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名画っていうのは、コピーといえども本当に凄い力があるものなのですね!?
久し振りにイタリアやスペインに行った気になりました。2時間ではとっても見切れずに、完全に予定時間をオーバーしてしまいました。

とうとう四国を離れて、この日の宿泊は淡路島。淡路島には、3年前の娘と3人の旅で温泉に宿泊して島内を観光しているので、今回は観光はしない積もりです。5月の城崎、10日前の姫路に続いての兵庫県3泊目として、淡路島でも宿泊の足跡を残し、「兵庫県制覇」も達成です。
夕食はホテル近くの回転寿司に行きましたが、もはや”都市近郊の回転寿司”の雰囲気で、埼玉と大きく変わりませんでした。

13日目:10月15日(木)

前回、九州の時は大阪港からまっすぐ自宅に帰ったので、今回淡路島からでもその日中に自宅に帰ることは十分に可能なのですが、とりあえず今回はもう1泊します。もう1日の目的地としては、帰路上にある県でまだ観光も宿泊もしていない県… そう、愛知県に立ち寄るためです!

愛知県と言えば、5年半前病気で倒れる1か月前、GW富山旅行の帰りに名古屋に泊まり、お目当ての”ひつまぶし”を食べるのに大変苦労したのを兎に角覚えています。(写真のない回想の記事はこちらから)
第一希望の名店”あつた蓬莱軒”の松坂屋内にあるお店の行列は、今までに見たことがないぐらいで、レストランの行列というより完全にディズニーランドの行列のレベルで、「最後尾、ここから2時間半待ち」のプラカードがとても恨めしく見えたのが強烈です。
ということで、今回はまずその「あつた蓬莱軒」のひつまぶしのリベンジです。勿論、松坂屋店ではなくせっかくなのでその本店を目指します。朝早くホテルを出て、まずは3年前にも見た明石海峡大橋が見えるSAに立ち寄ります。向うに見える神戸の街も3年前に来ているので、今回も恐縮ですがスルーさせていただきます。
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本州に戻り、山陽道⇒中国道⇒京滋バイパス⇒新名神と順調にドライブが続きます。日本一周を始めてから何度も通ってすっかり見慣れた桑名の遊園地を過ぎたあたりで名古屋の都市高速に乗り換え、熱田地区を目指します。
”あつた蓬莱軒”には開店時間の11時半前には到着し、駐車場の最後の1台のスペースに何とか車を停め、いざひつまぶしの名店の本店に向かいます。普通の平日のまだ11時半前なので、すぐに入れると思ったのですが… 「あつた蓬莱軒」のお店の前にはたくさんの人が待っており、入口には番頭さんがいて、「入場時間」を告げています。我々の入場時間は11時50分とのこと。まぁ、30分なら良しとしなければならないでしょう。とは言え、普通の住宅街の中のお店で、近くに喫茶店があるわけではないので、結局大勢の方々と同じように店の前でブラブラしてボケっと待つしかありませんでした。
5年半越しのひつまぶし名店の味は、さすがでした。
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その後、名古屋エリアでの初詣などでは必ず取り上げられる「熱田神宮」に向かいます。四国ではお寺が中心だったので、ここ熱田神宮で改めて娘の安産祈願をお祈りしました。
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本日の宿泊は西浦温泉。ここに知人が社長をしている宿があるのですが、その知人が数年前から体調を崩しているとの話を聞き、共通の友人が連絡して泊まりに来ても全く会えないような状態だという話なので、私もとりあえず何も特別なことをせずにネットで予約だけして向かいました。

チェックインを終えた後に、「ところで、社長はいらっしゃいますか?」と聞いてみましたが、答えは予想通り「療養中です」とのこと。夜、女将さん(つまり、彼の奥さん)が夕食時にご挨拶に見えたので、彼の病状を聞いてみたところ、どうも私と同じ頃に同じ病気になったらしいのです。この病気、人によって症状は千差万別で、私の場合はとりあえず言葉と頭の中身にはそれほどのダメージはなかったのが救いだったのですが、どうも彼は言葉に多少影響が残ったらしく、客商売の社長という立場上言葉の障がいはやっぱり大変のようです。
奥様に「頑張ってください。また来ますので、元気になってまた会いましょう!」と伝言をお願いしました。
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(西浦温泉オーシャンビューの客室)

14日目:10月16日(金)

もう少し愛知県の観光をしようかとも考えていたのですが、朝ゆっくり起きたらその気も失せてしまっていて、まっすぐ帰ることにしました。
いずれにせよ愛知県はこれだけで”達成”と位置付けるのには個人的には釈然としませんので、やっぱり名古屋を含めてもう一度来る必要がありそうです。
東名から圏央道を走り、3時前には自宅近くまで辿り着きますが、ここでこの旅はじめての雨が降り始めます。
楽しかった四国の旅が終わる、涙雨になりました。

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8.四国一周の旅<その9:室戸岬~祖谷~徳島> [日本一周(一周目)]


10日目:10月12日(月)

この日は、いよいよ四国最後の県になる徳島県に入ります。この旅も、いよいよカウントダウンが近づくと思うと、そろそろ憂鬱が始まります。
でも徳島県に行く前に、高知県でもう1つ行ってみたい場所があります。足摺岬と並ぶ高知県のもう1つの岬と言えば、そう室戸岬なのです。
でも室戸岬は高知市からは結構遠いようで、片道3時間近くは掛かりそうです。室戸岬を越えてそのまま海沿いに徳島市まで走れればいいのですが、私たちの今回のルートでは、今日は山沿いの祖谷温泉に泊まり、徳島市内には明日行く予定にしていますので、海沿いをそのまま北上することも出来ません。そうなると結構遠い室戸岬を往復しなければならず、往復だけでも6時間近くは必要になりそうなので、本当に行くかどうかは大いに迷うところでしたが、やはり「四国一周」と銘打つ以上、天気予報などでニュースなどでもよく耳にする「室戸岬をスルーして何が四国一周だっ!」という天の声が聞こえた気がしたので、やはり行くことに意を決します。
とは言え、今日は徳島県に入っても見たい場所はたくさんあるので、ホテルをのんびりと出ると日が暮れてしまうと思い、朝6時前のまだ暗いうちからエンジンをスタートさせます。こんな時、朝食を基本的にはホテルに頼まない我々は、行動に融通が効くので、気楽です。
(実は、単に節約しているだけなのですが…)

朝日をモロに受ける運転手には辛いドライブでしたが、室戸岬までは予想以上に順調です。朝食を食べられるファミレスやマックなどを探しながらのドライブでしたが、結局空腹に負けてローソンに入ってしまいました。

室戸岬には2時間半ぐらいで着きました。岬のシンボルと言えば灯台なのですが、地図の通り道が左に曲がる突端には灯台はなく、高知県定番の銅像があるだけです。室戸岬の銅像は中岡慎太郎、この人も失礼ながら「龍馬のお陰で有名になった人」と言っては余りに無礼でしょうか? 日本史は苦手ではなかったものの、中でも幕末だけは苦手だった私が、中岡慎太郎と聞いて思い出すのが龍馬だけなものですから…
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灯台が見えて、太平洋が高い場所から見渡せる展望スポットがかなり高い地点にあるというので、そこをを目指します。この旅での雄大な太平洋はここで見納めでしょう。島陰が見えない海の景色が、やっぱり一番高知らしい風景だという気がしました。
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灯台も高い場所にあり、近くまで歩いていきます。灯台からの絶景もしっかりと記憶させました。
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室戸岬灯台のすぐ近くには、四国八十八箇所のお寺があります。思えば、お寺に来るのは境内までたどり着けなかった金比羅山以来で、本当に久し振りです。
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でも、このお寺もかなり高い場所にあり、我々は車なので気にならないのですが、下から歩いて登って来る人には本当に大変な場所のようです。
次の四国旅行ではもう少しは信心深くなって、八十八箇所全部はともかくもう少しはお寺を回りたいと考えているのですが、もっと信心深くするその前に、もっと脚力をつける必要がありそうです。
そういえば、高知からここ室戸岬に向かう国道沿いにも、いくつか八十八箇所のお寺があったようなのですが、どのお寺も歩き出がありそうな離れた場所にあるようでした。

そんなことを考えながら来た道を戻り、その後久し振りの高速を少しだけ走ってトンネルを抜けると、いよいよ四国4カ国目の阿波の国徳島県です。
徳島県最初のみどころは、大歩危と小歩危。大歩危には7年前に乗った渓谷の遊覧船があるので、とりあえずその乗り場のドライブインでお昼を食べます。7年前にこの遊覧船に乗ったのは記憶にあるのですが、同時に結構乗り場までの階段がキツかった記憶もあります。という事で、遊覧船の切符を買う前に実際の乗り場近くまで歩いてみますが、確かに最後の階段は手すりもなく結構スリリングです。おまけに船を見ると靴を脱いで畳にべたっと座る私が一番苦手とするタイプの遊覧船なので、私のモチベーションは著しく落ちてしまいます。それを察した妻が、「乗るの、よそう。」と言ってくれたので、その言葉に甘えてしまいました。
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船から眺める代わりに、大歩危小歩危の渓谷を上から眺めるスポットはあるだろうと思い、近くの観光案内所に情報収集で立ち寄ります。
大歩危の上から眺めるスポットはすぐ近くにあったので、行ってみます。
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この展望スポットは、国道すぐ横にある展望できる場所なのに、入口のゲートを通るには入場料を払う必要があるというのですから、正直”せこいなぁ~!”と思ってしまいます。日本全国で、すぐ行ける渓谷の眺めに料金を取るのは、この旅を始めて以来、ここ徳島県が始めてでした。
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小歩危には車を停めて眺めるようなスポットはないのだそうで、仕方がないので小歩危エリアはドライブだけで写真は撮れませんでした。

近くに「平家屋敷民俗資料館」があるので、次に行ってみます。壇之浦で敗れた平家の落人がこの山奥でずっと秘かに暮らしていたという話を聞くと、何となくロマンに溢れた話で、「これは、何としても行かなければ!」と思っての訪問です。
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でも、この落人が住んだ家に何を期待したのかは自分でもうまく表現できないのですが、少なくとも鎌倉時代の家が残っている筈はなく、築100年ちょっとの古い家なので、いくら平家の落人の家とは言え、平家滅亡から800年以上は経っているのですから、普通の家と何ら変わることはないことぐらい、ちょっと考えればわかりそうなことなのに、過大な期待をした自分が愚かでした。
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徳島の山奥のみどころである”祖谷のかずら橋”は今日午後のメインイベントです。今朝から各地を回りましたが、”今日は三連休の最終日だから、もう影響はない。”とずっと思っていたのですが、やはり徳島県一番人気のここだけには、駐車場に本州ナンバーの車が溢れています。

かずら橋にも7年前に来ていて、高所恐怖症の私がおっかなびっくりかずらで編まれた橋を何とか渡ったのですが、今の私は右足に装具を着けているので、元気な頃でも怖がりながらやっとこさ渡った橋をもう一度渡る勇気はありません。
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という事で、はじめてかずら橋を渡る妻の姿を撮るカメラマン役を引き受け、橋の真ん中に妻が差し掛かるのを、ずっと待っていました。
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かずら橋のすぐ先には琵琶の滝があります。橋からすぐに行ける滝は、階段などがないので私には嬉しい限りです。
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今日の泊まりはすぐ近くの新祖谷温泉。7年前に、日帰りで
楽しんだここの”天空露天風呂”を妻にも楽しませてあげたいと選んだ宿です。天空露天風呂には宿からケーブルカーに乗って行くので、折角の露天風呂は暗くなってからではその魅力を楽しめないと思い、早めに宿に入って早速ケーブルカーに乗って天空露天風呂を目指します。
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(何となく、温泉情緒があるケーブルカーですよね!?)
ところが、やっぱり”三連休恐るべし!”です。夕方なのに、天空露天風呂には家族連れがたくさん入っています。会話を聞いていると、この後高速を走って帰ると関西圏には夜の10時頃には着けるとのことで、四国最後の観光は天空露天風呂なのだそうです。
という事で、あんまり広くはない露天風呂ですから、のんびりとは出来ない状況でしたが、粘り強く子連れの家族がみんないなくなるのを待っていて、何とか子連れ家族たちの間だけ、のんびりと天空露天風呂を楽しむことが出来ました。
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ホテルの夕食も郷土料理の風情たっぷりで、久し振りに田舎の温泉宿を満喫することが出来ました。

11日目:10月13日(火)

この祖谷温泉はかなり山深い場所にあるので、朝夕はかなり冷え込み、上着が欲しくなる寒さです。10日前、この旅をスタートして小豆島に上陸した時には、まだ半袖だったことがまるで嘘のようです。
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今日はまず祖谷渓谷のドライブをする予定です。緑深い祖谷渓谷には、早くも紅葉したエリアがあり、季節の移り変わりを感じます。四国の紅葉は主に11月だと思っていたのですが、高所はもう少し早そうです。
渓谷を象徴する、小便小僧のモニュメントがあります。以前にも見た祖谷渓谷のシンボルですが、シンボルに小便小僧を選んだセンスには、??マークをつけさせていただきます。
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すぐ近くの温泉は、昨晩我々が泊まった温泉とは逆の、「ケーブルカーで降りたところに温泉がある」有名な宿です。実は昨晩の宿とどっちに泊まろうかかなり悩んだのですが、結局あちらを選択していますので、次回こそこっちにも行ってみたいと今から思っています。

ところで、この旅の前まで私が持ち続けていた四国の道のイメージは、「とにかく道が狭くって、対向車が来るとすれ違うのも大変。」という巨大な固定観念だったのですが、今回の旅では勿論狭い道も中にはあったのですが、全体を通して意外にそうでもない気がしていたのです。
ところが、前回も通ったこの祖谷渓谷の凄く狭い道を走りながら、俄に当時の記憶が蘇ります。そうです!「四国は、とにかく道が狭い。」と思っていた私にとっての”This is 四国”の道は、この徳島祖谷渓谷の道路だったのです!
「おまけにこの道、こんなに狭い道路なのに確かバスも走ってるんだよねぇ~!」と独り言を呟いた数分後に、中型のバスがやってきて大いに焦りました。
でも運転手さんにとっては”いつものこと”でしょうから、鮮やかなハンドル捌きで脱出完了です。バスの乗客は淋しいことにゼロでした。この道、本当に狭いので大型バスではとても運行出来ないと思うのですが、中型車でも危なっかしいので「この乗客数ならば、小型車でいいのでは?」と思うのは私だけでしょうか?

ようやく祖谷渓谷の細い道を抜けて、大きな道路に出ます。このあたりは、確か旧池田町の近くだったと記憶していますが、池田町と言えば何と言っても甲子園で大活躍した往年の池田高校のやまびこ打線を思い出します。池田高校に行ってみたいとは思わないのですが、実は先日お亡くなりになった蔦監督のファンだった私なので、蔦監督のお墓がわかればちょっとだけでもお参りしたいと思っていたのですが、一般人の普通のお墓が私にわかる筈もなく、山に向かって黙祷をするだけにとどめました。

次の観光は脇町の散歩。脇町と言えば、「うだつの町並み」で有名です。このところすっかり「うだつが上がらなく」 なっている私の、うだつが少しでも上がるように願いながらの散歩です。
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うだつは元々、火事の延焼を防ぐ防災目的で作られたようですが、その後は家柄や格を表すシンボルに変わったとも言われています。いずれにせよ、各家には立派なうだつがあり、私のように「うだつが上がらない」家は見当たりません。
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それにしても徳島県の中でも結構有名な観光地の筈なのに、今日は本当に静かです。「本当にこの場所でいいんだよね?」と少しだけ不安になりかけた頃に、町の観光協会の職員の方に声を掛けられます。
「昨日まで、ここではイベントも開催されていたので、すごい人出だったんですよぉ~!」と言い、「今日は静かだなぁ~、やっぱり”祭りのあと”ですねぇ~…」と仰ったので、昭和世代の私は思わず吉田拓郎の同名の曲を思い出しました。同世代とおぼしき観光協会の方も、同じような連想をされたのでしょうか?
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次はいよいよ徳島市内です。徳島には個人的に食べたいものがたくさんあるのですが、まず食べたいのは”徳島ラーメン”。
ところが、妻はこの豚骨系のこってりラーメンが苦手なので、有名店・専門店に行っても私はともかく妻が食べるラーメンは無さそうです。
という事で、出発前から悩んだ結果、徳島ラーメンの地元ではそれなりに有名なチェーン店の支店が、イオンモールのフードコートに入っていることを発見、フードコートなら妻の好みのメニューもある筈なので、埼玉での日常さながらのフードコートでのランチタイムです。
ラーメン屋さんの名前は”東大”という名前ですが、創業者がOBなどということではなく、”日本一を目指せ”という意味での命名なのだそうです。
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個人的には10年前に〆で食べたパンチの効いた徳島ラーメンと比べると、やはりフードコート仕様の一般受けする味になっていて、迫力が無くなっているなぁ~ という気がしました。

午後は徳島の市内観光ですが、徳島市内の観光で行く予定はたった一ヶ所だけです。
それは、阿波おどりの実演が見られる阿波おどり会館が入る、いわば観光の複合ビルのような場所なのです。

まずは2時の公演に合わせて阿波おどりの実演を見に行きます。夏の阿波おどりの時期に徳島に来るのはかなり困難なので、あの迫力(と言っても経験したことはありませんが)は兎も角、折角徳島に来たのですから阿波おどりの触りだけでも常に見られるこの会館は、我々観光客にとってとてもありがたい施設です。実演してくれる人数もそれなりにいて、楽しい数十分でした。
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徳島の阿波おどりにはこれからも来れるかどうかわからないのですが、東京で楽しめる高円寺や大塚の阿波おどりには、是非とも行ってみたくなりました。
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この会館の別のフロアには阿波おどりのミュージアムもあるので、こちらも覗いてみます。この半日で、阿波おどりにはかなり詳しくなった我々でした。

この観光ビルの最上階からは、徳島市内が見下ろせる眉山へのロープウェイがあります。
眉山と言えばさだまさしさん原作の同名の映画を思い出します。松嶋菜々子さんと大沢たかおさんのこの映画は、徳島の美しい風景と阿波おどりの喧騒を伝えてくれていて、徳島に憧れるきっかけになった映画でした。

眉山から町の全景を眺めながら、10年前に仲間とこの街に遊びに来た時の珍道中を懐かしく思い出しました。
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観光ビルの最後の用事はお土産ショッピングです。明日には四国を離れるので、今まで全くお土産には目もくれていなかった分、すべての土産をここだけで済ませようと、凄い勢いで安くて美味しそうなお土産を買い漁ります。
北海道一周では函館、九州の時には門司で、同じようにその地方最後の都市でお土産を山ほど買うと、「あ~、もう帰るんだ。」という憂鬱な気持ちでやりきれない心境になります。ましてや、今回の旅は7ヶ月のニート生活最後のロングトリップなので、門司の数倍以上ブルーになり、しばしお店の中で呆然と立ち尽くしてしまいました。

徳島の夕食で私がどうしても食べたかったのは、徳島の地鶏である”阿波尾鶏”。10年前の珍道中で二次会で入った焼き鳥屋さんで食べた焼き鳥の味が忘れられなかったためです。
その時は結構酔っ払って食べたので、その味が本当に絶品だったのかはたまた酔った上での幻覚だったのかは、今ではそのお店すら覚えていないので定かではありませんが、当時は"日本最高の地鶏"だと勝手に信じていたくらい美味しかったのです。
ところが、妻は鶏肉が大の苦手で、鶏肉は一切口にしない徹底ぶりです。普通の居酒屋に阿波尾鶏メニューがあれば問題はないのですが、残念ながら徳島市内と言えども阿波尾鶏は専門店でしか食べられそうにないので、大いに悩むところです。
結局、この半年で唯一(?)の私のワガママを聞いてもらい、阿波尾鶏の専門店に行かせてもらうことにしました。入口でメニューを見たら、野菜焼きと少しは魚介のメニューもあったので、妻もしぶしぶ了承してくれたのです。
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10年振りの阿波尾鶏はやっぱり美味でした。
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でも、「日本で一番」と言い切るには、当時の楽しかった記憶で味が美化されていた部分もやはりあったと認めざるを得ないようです。
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四国最後の夜も旨いもんを満喫して、すぐに眠ってしまいました。

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8.四国一周の旅<その8:高知市内> [日本一周(一周目)]


9日目:10月11日(日)

この日は、高知市内をのんびりと観光する予定の1日です。
まずは高知市内の中心部に入って、ネットで探したコインランドリーを目指します。
この日本一周では毎回、コインランドリーには当然のように大変世話になっています。普段利用するのはビジネスホテルによくあるコインランドリーなのですが、洗濯はともかく乾燥のパワーがあんまり強力ではないので、我々のように数日間×二人分の洗濯物だと、当然のように一回の乾燥では乾かず、乾燥機に何度も行ったり来たり&他のお客さんとの乾燥機の順番の争奪戦が、妻には結構なストレスになるようで、「大型の乾燥機のあるコインランドリーで、ストレスなく乾かしたい!」という妻のささやかな希望を叶えるために、この前の九州旅行の頃からは、都市に行くたびにコインランドリーをネットで検索して、見つけたコインランドリーで洗濯&乾燥の間の時間でその都市の市内観光というパターンが定着しつつあります。大きいマンションのすぐ横にある高知市のコインランドリーも、朝から大盛況のようですが、無事に大型の洗濯&乾燥マシンを確保出来て、今治以来の洗濯も順調です。

コインランドリーの待ち時間を使って、まずは高知市の全景を眺めに五台山展望台に登ってみます。毎回、何とかと煙のように高い場所に行きたがる私ですが、地図の通りの景色が見えると何故か本当に嬉しくなる故なのです。
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高知市もさすがに都会で、ここからでも街のパワーを感じました。
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近くには、私でもその名前を知っている牧野富太郎博士の植物園もあったのですが、間もなく乾燥が終わる時間で、入れっぱなしで放置しておくと高知の皆様にも失礼なので、コインランドリーに戻ることにしました。

その後はいよいよ高知市内中心部の観光。中心部を回るには車は不要なのですが、駐車場代も安くはないのでどうしようか悩むところですが、念のため今晩の宿(高知市内の旅館)に電話して、「車は何時から預かっていただけますか?」と聞いたところ、「部屋には入れないけど、車だけなら今からでもどうぞ。」という嬉しい言葉を貰いましたので、早速旅館に向かい、この日本一周史上1日で最も短いドライブは11時前には終了です。

龍馬も幼少時代に泳いだという鏡川沿いの旅館を出て、徒歩にて中心部を目指します。最初の観光スポットは”土佐の高知と言えば”という一番有名なスポットでありながらも、「日本がっかり名所」でも堂々の全国第一位に選ばれている「はりまや橋」です。
はじめての妻には、「ちょっとびっくりだよ!」という予備知識は散々植え付けていたのですが、はじめてのはりまや橋には想像以上にびっくりしたようでした。
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この日は日曜日なので、高知市名物である日曜市が立っているので向かいます。想像した以上に大きい日曜市は大盛況で、凄く活気に溢れています。
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お店のおばさんに、「いつも、こんなに人多いの?」と聞くと、「三連休だからね。今日は、特別。」なのだそうです。
確かに、観光客らしき人々もいっぱいいましたが、それでも半分近くは地元民らしき人々で、しっかりと地域に根付いている日曜市のようでした。
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それでも観光客の数は益々増えて来ているようです。日曜市を抜けた場所にある「ひろめ市場」がどうも大半の観光客の目的地らしく、実は我々もその1人です。
市場のお店と料理屋さんが並んだひろめ市場、好きなお店で刺身や料理を買い、たくさんある食べるスペースに座って高知の旨いもんを食いつくす場所なのですが、今日は料理を買う行列も空席を待つ人の群れも凄いことになっています。一言でこの混雑を説明すると、「満員電車並み。身動きが取れない。」そんな大混雑のひろめ市場です。
ここで新鮮なカツオのタタキを食し、この日本一周の旅で初めて昼からビールを飲もうという私のささやかな目論見が、脆くも崩れ去った瞬間でした。

いずれにせよこの混雑ではここひろめ市場で食事にありつくことは難しいそうです。他にもお店はあるだろうと諦めて市場を出ましたが、さすがに三連休の高知(のカツオ)人気はスゴく、海産物がありそうなレストランは、どこもウエイティング状況で、結局ひとつも高知らしくない洋食屋さんでのお昼になりました。

午後はまず高知城。ここ高知城は江戸時代からの天守閣が残る”現存12城”の1つで、今回の四国旅行では4つ目でこの旅最後となる”現存12城”です。
銅像があったので、また龍馬関連かとも思いましたが、これは山内一豊の妻のお千代でした。そういえばこの千代も大河ドラマになって仲間由紀恵さんが演じていましたね。
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高知城に登る石段は結構きつく、手すりもないので上まで行くのも無理かな?と一旦は諦めかけましたが、降り口の方は坂で石段ではなかったので、人の流れに逆らって、とりあえず天守閣までは行ってみましたが、そこにあったのは当然のように天守閣の入口ではなく出口なので、これ以上は進めません。
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結局来た道を戻るだけでした。
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お城近くにあった記念碑。前回来た時にもこの碑は見た記憶がぼんやりとはあるのですが、あの時は多分「誰?この人知らない」というリアクションだった記憶があります。龍馬伝前半の準主役とも言える重要人物なので、今では忘れようがありません。
この碑の主役、武市半平太さんのご冥福を改めてお祈りました。
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龍馬観光に行く前に、お昼のひろめ市場の大混雑でカツオを食べ損ねたショックから、今晩の夕食で行こうと狙っていた海産物居酒屋に偵察に行ってみます。高を括って予約はせずに数店をリストアップだけしていたのですが、これは私の完全な判断ミスでした。第一候補のお店に行き、忙しそうに仕込み中の親方らしき人に、「あの~、今晩の予約なのですが」と切り出すと、「すみません、今日は予約でカウンター席まですべていっぱいなんです!」とのこと。ここで三連休をなめていた自分の甘さに気付き、第二希望、第三希望と立て続けに回りましたが、まだ2時過ぎなのに今晩の席を同様に断られるという悲劇を味わい、「これは、今晩はコンビニ弁当かも?」と覚悟を決めた瞬間でした。

高知市内の龍馬観光は、高知市立の「龍馬の生まれたまち記念館」。繁華街中心部からは少しだけ市電に乗って向かいます。
市電停留所そばには、ひときわ大きな記念碑があり、写真を撮っている人たちが… 私も、前回停留所そばのホテルで開かれた会議で来た時にも、ここに来ていた記憶が蘇りました。 そうです、龍馬生誕の地でした。
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市立の記念館は、昨日行った県立に比べると、歴史的資料などは少なく、学問的な興味だけだと”市<県”ですが、その分市の記念館は龍馬の生涯などをストーリー性豊かに見せていて、どっちが良いかは好みの別れるところだと思います。
この市の記念館には像も多く、玄関では龍馬がお出迎えです。
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休憩所にあるこの像は、何故か龍馬と乙女姉やんと”饅頭屋”長次郎のスリーショット。饅頭屋は長崎でも龍馬伝放送以降に立った記念碑がありましたが、このスリーショットの銅像が龍馬伝の前からあったか後に出来たかは不明ですが、”アフター”だとしたら、大泉洋さんの”饅頭屋”人気はやっぱりすごいですね!?
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ここでホテルにチェックインしてしばし休憩します。夕食のあては無くなってしまったので、「仕方がないので、居酒屋の開店直後を狙おう!」と5時過ぎには繁華街に向かいます。
ごく普通の居酒屋に入ります。「そこは当然高知なので、カツオが旨いに違いない!」と信じてカツオをたっぷりオーダーしましたが、出て来たのはごくごく普通のカツオでした。

高知県滞在中、毎晩のようにカツオは食べたのですが、思えば愛媛のびやびやカツオから始まり、今日の昼のひろめ市場&夜のカツオが旨い(筈の)居酒屋… と、すべての上質なカツオに振られ続けた今回の高知でした!

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8.四国一周の旅<その7:四万十~桂浜> [日本一周(一周目)]


8日目:10月10日(土)

この日から日本全国は秋の旅行シーズンのピークである三連休に突入です。この四国旅行のプランニングにおいて、ホテルも観光地も混み合うこの三連休をいかに処理するかが、旅の中盤のプランニングの大きなテーマでした。
日程上の都合だけ考えると、前回の九州の時のように、折り返しの都市(九州の時は鹿児島市)にて連泊して、近隣観光日、予備日など余裕を持たせられればいいのですが、今回高知市内でその連泊を目論んだものの、予約が遅かったこともあり市内のホテルで連泊を取れるホテルがなく、色々と検討した結果土曜日は高知市近くのお遍路さん向けの(?)温泉旅館、日曜日は高知市内の旅館に何とか1部屋を確保することができ、とりあえず格好はつきました。おまけに今日は、期せずして妻リクエストの温泉宿泊になったのですから、結果オーライです。

さて、今日のメインの観光は何と言っても”四万十川”。日本全国で、「1つの川を、ずっと遡って観光したい。」という気にさせてくれたのは、この”日本一の清流”と言われる四万十川がはじめてかも知れません。
でも四万十川を楽しむ前に、宿泊していたこの”中村”というエリアがやや気になっているのです。
私が、この中村という地名を最初に強く意識したのは、やはり甲子園の高校野球。私が高校生の頃(つまり高校球児と同世代の時代)、たった11人の部員で大活躍し、”さわやかイレブン”と言われた池田高校(因みに、畠山・水野の大活躍で夏春連覇する8年ぐらい前です。)に続いて、たった12人の部員で決勝まで進み、さわやかイレブンに対抗して”二十四の瞳”と名付けられた高知県立中村高校の大活躍の影響です。後にプロでも活躍した山沖投手を中心に快進撃を続け、あれよあれよという間にとうとう決勝まで進み、判官びいきの私を大いに熱狂させてくれたのです。
その中村の町については、おぼろ気な記憶では確か「”土佐の小京都”と呼ばれた美しい町」と何かで読んだことがあり、「いつかは行ってみたい!」と憧れた場所なのです。今回のプランニングの際、この中村の町歩きをしたいと考えていたのですが、ガイドブックやネットにも何故かその情報はありません。
ホテルにあった近隣のパンフレットには、少しばかり中村の町中の観光情報があったのですが、”小京都”というレベルの情報量でもありません。とりあえずJRの中村駅を目指して周りに観光案内所か観光地図がないかどうか探してみましたが、町中を車でぐるぐる回った限りは普通の田舎町で、私の記憶を疑ってしまいました。でもやはりネットで調べると、”土佐の小京都”は確かに四万十市の中村地区で間違いないようなのですが…

結局、中村地区にはめぼしい見学先もなかったので、特に観光はせずに本日のメインである四万十川に向かいます。

四万十川でとにかく見たいものと言えば、川の大増水対策でいくつも作られた”沈下橋”。沈下橋は本当に橋の道路部分があるだけで、橋の欄干も手すりも何にもありません。四万十川が増水した時には、沈下橋はあっさりと水中に沈むことで、貴重な橋は水に流されないための、先人からの工夫なのだそうです。
この四万十川には50を越える沈下橋があり、どの橋も全部見たいのですが、まずは市内に一番近い一番有名な佐田沈下橋を目指します。
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この橋が有名になったのは、3年前ぐらいに放送していたドラマ”遅咲きのヒマワリ”の舞台になったからです。このドラマ、実は私も見ていました。生田斗真や真木よう子が出ていて、私的にはストーリーはともかく四万十川の美しい景色見たさで、チャンネルを合わせていたのです。
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憧れの沈下橋の上に立ってみます。どこからでも川に飛び込めそうな沈下橋は、歩くだけでも今の私にはとてもスリルがあります。ドラマでは、みんな橋の上からジャボンと川に飛び込んでいましたが、勿論今の私にはそんなことは夢のようです。
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橋は車一台が丁度いい幅ぐらいですが、一方通行ではないので、橋の真ん中で対向車に出会ったら悲劇です。慣れた地元の車は橋のたもとで待っていてくれるようですが、観光客の車同士が一番危ないとのこと。ハンドルをちょっと間違うと簡単に車は川に落ちてしまいそうなので、チキンハートの私は車で沈下橋を渡るのは遠慮させていただきました。
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(違う橋の自家用通行シーンです)

四万十川の清流と沈下橋を楽しむ遊覧船はいくつもの会社が運航していて、だいたい1つの沈下橋に1つの運航会社があるような感じです。我々はこの佐田沈下橋から出る遊覧船にでも乗ろうと考えていたのですが、佐田沈下橋には発着所はあるようで船もあるのですが、人は誰もいません。待っていても仕方がないので、もう1つマークしていた隣の沈下橋近くから出る遊覧船の乗り場まで車を走らせます。次の出航時間は確か10時で、これを逃すと次は1時間後ですから凄く長い待ち時間が発生してしまいます。とは言え、焦って事故っても仕方がないので、気持ちを落ち着かせながらも先を急ぎます。
船着き場到着は10時2分過ぎぐらい。「あ~ぁ、やっぱり無理だった…」と気を落としながらも念のため受付に向かいましたが、「乗るの?」という問いかけに私が頷くと、無線で出航直前の船に「ちょっと待って!」とストップを掛けてくれます。
料金を払ったり、何とか出航の準備をして、5分後に待っていてくれた船に乗り込んで見ると、いくら三連休とは言え初日の午前中の高知県の奥なので、乗客は年配のご夫婦1組だけの模様。「やった~! 貸切だ!」と喜んでいたら、定刻過ぎて招かれざる我々が闖入してきたからでしょうが、「すみません」と謝りながら乗船した我々に対しても、不機嫌さが見て取れるような無愛想ぶりでした。

でも、四万十川の雄大な眺めは本当に我々を癒してくれます。
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船の航路上にあり、下を通れる沈下橋もいくつかあり、下から眺めるのもいいものです。
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遊覧船を降り、このまま四万十川に沿って高知市方面へぐるっとドライブを続けます。途中、いくつかの沈下橋が見えたので、立ち止まったり遠巻きに眺めたりしながらのんびりとドライブを楽しみました。
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でも、沈下橋は欄干などのオリジナリティを出しようがない橋ですし、というか元々見せるための橋ではなく人々が生活するための飾りを極力排除した道具なのですから、いくつもの橋とその景観を楽しむと、充分に満足した気持ちになります。
撮った写真を見直しても、もうすでに大半の沈下橋の名前も失念してしまいましたが、駐車場&展望台があって、売店まであったこの沈下橋だけは確か”岩間沈下橋”で間違いなかったと思います。
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でも、雄大な四万十川は本当に素晴らしいものでした。この日本一周でもたくさんの雄大な河川に出会いましたが、川もあまり大きすぎると風情を愛でる気持ちも萎えてしまうせいもあるのでしょうか、各地でその表情を変えるこの四万十川は、あまり大きすぎないことや、田舎らしい風景ではあるものの原野ではなく、適当に人の手が入っているところなどもその魅力なのかも知れませんね!?

昼食には、”四万十川産の天然うなぎ”というフレーズにも大いに食欲を刺激されたのですが、@4000円という価格を見て、さすがにこの半年でぼちぼち貯金が尽きかけてきた我が家の家計事情から、泣く泣く断念することにしました。

四万十川川沿いをず~っとドライブした後は、いよいよ高知市内に入ります。でも、高知市内中心部の観光は明日の予定なので、今日はまず桂浜で巨大な龍馬像に会いに行きます。
四万十エリアでは殆ど感じなかった三連休の混雑ですが、ここ桂浜の混み具合はさすがに三連休、桂浜駐車場に入る前から渋滞が始まり、車を停めるまでも一苦労でした。
はじめて見る桂浜の龍馬の銅像。「大きいよ」とは聞いていましたが、龍馬本人が見たらさぞかしびっくりするでしょうね!?
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銅像の顔の高さまで登ることもできるようなのですが、我々は自粛させていただきました。それにしても、桂浜のイメージはどこまでも続く高知の海岸線だったのですが、龍馬像の他にも色々と娯楽施設があり、”どこまでも続く海岸線”のイメージは全くありません。海岸線というイメージも、実際に見聞きしたものではなく、大河ドラマ龍馬伝で龍馬が乙女姉やんらとしばしば来たイメージがあった故です。でも、実際に上から見えた海岸線は、たったのこれだけでした。
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桂浜では、高知県立の龍馬記念館も見学します。
偉人の伝記に熱中した小学生時代から、不思議なくらいに坂本龍馬には興味を持ったことがない私で、「龍馬大好き」の友人にその素晴らしさを酒席などで散々熱っぽく語られても、何故か本を読む気にすらならなかったのですが、5年前の大河の龍馬伝は本当に熱中しました。もっとも、この年(2010年)は私が病気で倒れ、数か月入院した年だったので、他にすることもなくTVばっかり見ていたという影響も大きいのですが…
龍馬の周辺人物なんて、司馬遼太郎の本で「人切り以蔵」を知っているぐらいの私だったのが、龍馬伝を見てからは、博物館を見ても登場人物にもすっかり詳しくなりました。もっとも、関連人物を知っていると言っても、あの時演じた俳優の顔を思い出すだけなのですが…
7年前に高知に来た時には、「どうして高知は、どこ行ってもこんなに龍馬ばっかりなんだろう?」と、自分的にはかなりシラケたことを考えると、変われば変わるものです。この県立の記念館、レア物の資料も多く展示されていて、結構じっくりと見応えがある施設でした。さすがに三連休なので、人が異常に多かったのには辟易しましたが…

この日の宿泊は、海沿いのお遍路さん宿ですが、近年温泉が出たので、「土佐龍温泉」と命名したそうです。HPを見ても実際の宿でも、どう見てもターゲットはお遍路さん達だと思うのですが、この日は満室らしいのにもかかわらず、お遍路さんらしき人はゼロでした。
さすがに三連休ですね!

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8.四国一周の旅<その6:宇和島~足摺岬~四万十> [日本一周(一周目)]


7日目:10月9日(金)

この日は、宇和島と南予地区を観光した後に、高知県に向かう予定です。
まずは宇和島城。天守閣が残る”現存12城”(私の勝手な命名)の1つで、この旅では3つ目の歴史あるお城です。

高台にあるお城に登ろうと、公園下に車を停めて坂道をゆっくりと歩きます。勿体ぶった宇和島城の天守閣はまだ姿が全く見えないのですが、ここに間違いはないので、15~20分ほど歩いて広場のようなところで一息着きます。ここから見える石垣の上まで登れば念願の宇和島城なのですが、最後のこのルートが悪いことに急な階段で手すりがありません。この階段だと私には登れないし、登れたとしても下には降りられないので、散歩している風のお年寄り二人に聞いてみたところ、「天守閣へは、この階段しかない。」とのことで、まだ旅は半分残っているこの朝に、こんな高いリスクを侵すことは出来ません。
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上まで登るのは諦めるとしても、この天守閣のすぐ下からでも天守閣の姿は全く見えておらず、全く天守閣を見ないうちに宇和島を去るのは余りにも淋しい現実です。そこで同情してくれているお年寄りにふたたび、「じゃあ、宇和島城の天守閣を見るには、どこから見るのが一番いいでしょうか?」と、地元民ならではのとっておき情報に期待して訊ねてみると、真っ先に出たのが「市立病院の待合室!」といかにもお年寄りらしいマル秘スポット。
とは言え、さすがに用もなく病院に車を停めて待合室まで行くのは、善良な一観光客としてはあまり気が進みません。「他には?」と食い下がったところ、「市内ショッピングセンターの駐車場からなら、道路沿いに見えるよ。」とのことなので、病院ではなくショッピングセンターに向かうことにします。

ショッピングセンターの駐車場からは、道路越しというかマクドナルド越しの遠くに、憧れの天守閣がようやく見えました。でも、この写真もかなりの望遠機能で撮ったことからも判るように、かなり小さくしか見えていなかったのです。
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でもありがたいことに、このすぐ近くには観光案内所があったので、朝からの事情を説明してもう少し近くから天守閣が眺められるスポットを聞いてみます。
地元の年配の方たちから、「市立病院の待合室」がいいと聞いた話をすると、案内所の方は”目から鱗”だったようで、大いに感心して大きく頷いていましたが、観光のプロとしてはどうしても別の絵になる場所を案内しなければ、プライドが許さないのでしょう。「私は、天赦園から見るお城が一番好きです。」というアドバイスをいただきました。

天赦園は元々、次に行くつもりの場所だったので、気を取り直して向かうことにします。ここ宇和島藩は、伊達5万石の城下町だったということですが、宇和島伊達家は仙台の伊達家からの分家と聞いて、仙台出身の妻は興味津々です。この天赦園は、伊達家の作った庭園とのことで、宇和島城天守閣が見えるということは、高松の栗林公園のように高台があり、そこから宇和島城がきれいに仰ぎ見えるに違いないと、勝手に想像していました。
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天赦園は、さすがに四国随一の栗林公園と比べるにはいささか失礼な規模だったのですが、伊達家五万石の庭園としては、かなり立派な庭園でした。
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”高台があるのだろう”と勝手に想像していた私は、入園以降一目散に奥へ奥へと、奥にあるであろう高台を目指しますが、園の奥には高台どころかフェンスしかなく、全然宇和島城なんて見えません。
仕方がないので、庭園だけを楽しんで入口まで戻り、「結局、天守閣が見えるのって、どこからだったんだろうね?」と言いながら出口を出ようとして、何気なく外を仰ぎ見るとなんとそこにはあの宇和島城が見えるではありませんか!
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確かにさっきのマクドナルド越しよりはやや大きくは見えますが、失礼ながら言うほどの絶景でもありません。でも改めて地元民ご推薦の”市立病院の待合室”にはトライする気も起きず、伊達家の庭園とそこからの景色で、満足することにしました。

宇和島を出て愛媛県から高知県へ向かいますが、県境近くにもう1つみどころがあるらしいので向かってみます。この辺りの海の絶景がよく見える「宇和海展望タワー」がそれで、見ると瀬戸大橋タワー同様に細い塔が一本建っているだけなので、「これは、瀬戸大橋タワーのように周りの円盤が上昇しながら回転するタイプの展望台に違いない!」と、駐車しながら予想したところ、正しくその通りでした。

朝イチに行った瀬戸大橋タワーとは違い乗客はそれなりにいて、みんな次の上昇時間を大人しく待っています。上からの眺めは確かにいい気分ではあるのですが、やはり瀬戸大橋タワーと比べると、横綱がいない風景という感じでした。
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瀬戸大橋タワー同様最上部で何回転かしてくれているのですが、目を凝らすような”これ!”というものがないので…
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この辺り、このタワー中心にいくつかの観光スポットがあるようで、すぐ近くには”紫電改展示館”というマニア垂涎のスポットがあるようなのですが、戦闘機に興味がない我々はスルーさせていただきました。

愛媛県最後には、実は私が宇和島と同じくらい楽しみにしていたランチがありました。それは深浦漁港という高知県との県境近くの小さな漁港の直営食堂でいただくカツオ。"午後から、高知じゃん!?  何で慌てて愛媛でカツオなんて食べるの?"と疑問にお思いでしょうが、じつは私もそう思っていました。とは言え、愛媛とはいっても間もなく高知県に入りますし、道路と違って海には県境はないので、獲れる魚はおんなじです。ここは、漁港の目の前ですし漁場もすぐ近くにあるとのことで、新鮮と言ったらこれ以上の新鮮なカツオはないのだそうです。何より魅せられたのは、新鮮なカツオを表すその方言。この辺りでは、朝獲れの超新鮮なカツオのことを、"びやびやかつお"と言うそうなのですが、その"びやびや"というキーワードを聞いて、思わず全身が不思議と熱くなりました。「よ~し。何がなんでも"びやびやカツオ"を食べるぞぉ~!」と、全身がカツオモードになったのです。

とは言え、朝獲れのびやびやカツオですから、獲れない日もあるのは承知の上です。でも、定休日ではないし時間も昼前で行列も覚悟の上ですから、びやびやではなくともとにかくそれに近いカツオは食べられるであろう… と、勇んで漁港の駐車場に車を停めます。
目指すは漁港の市場食堂。行列も予想していましたが、入口には誰もいません。それどころか電気もついていないので、どうやら休みの雰囲気です。"この日は定休日じゃない筈なのに、何で?"と、しばし呆然としていましたが、近くにいた漁港で働いている人が寄ってきて、「親方の家に不幸があり、臨時休業らしいですよ…」とのこと。身内の不幸ならば致し方ないとは言え、一期一会のびやびやカツオに出会えなかったのは、ある意味この旅最大のショックでした。
教えてくれた漁港の人に恨み言を言っても仕方がないのですが、「え~! ここのカツオを食べに埼玉県から遠路はるばる来たのに…   では、他にこの漁港のカツオを食べられるお店はありませんか?」と聞いてみます。何軒か紹介していただきますが、「でも、びやびやカツオではないですよ!」と念を押されてしまいましたが、今朝からすっかりカツオモードだった我々の胃袋は、今やカツオ以外の食物を受け入れそうにもありません。
でも、ここは本当に四国の一番果て。ここにもう一度来て、びやびやカツオを食べる夢が叶うかどうかは、少々自信がありません。
代案のカツオは、いつも食べているあのカツオでした。
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午後からはいよいよ高知県に入ります。最初のみどころは”竜串・見残し海岸”。竜串はともかく、見残し海岸という名前は何やらいわくがありそうで興味をそそりますが、この海岸は陸からは見えず(アクセス出来ず)、この地を訪れた弘法大師も"さすがに見残したに違いない"というところから"見残し"と名付けられたのだそうです。
それにしても、日本各地を旅していると、本当に弘法大師と西行法師の足跡にはよく廻り合います。全て歩くしかなかったあの時代に、これだけの旅をした弘法大師や西行法師には旅の大先輩としても本当に頭が下がります。文明の利器をフル活用して旅している我々などは、全くお二方の足下にも及びません。

この竜串・見残し海岸はどう観光すればよいか、ネットやガイドブックを見てもいまいち釈然としませんでした。船も何社か運航があるようなので、とりあえず一番目だった船会社に行って観光方法を尋ねます。
「竜串は歩いても行けるが、船からも奇岩は眺められる。見残しは船でないと行けないが、向こうに停まるので、下船して展望台まで歩いて、ゆっくりしたければ次の船で帰って来ればいい。」とアドバイスしていただきましたが、遊歩道の状況を聞くとやはりかなり状況の良くない道らしく、私が歩いて展望台まで行くのはかなり厳しそうです。
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とりあえず船には乗ろうと乗船券を買い、桟橋まで行きましたが、どうもこの船の乗客は我々だけのようです。船頭さんが私の様子を見て、「降りて歩くの? 厳しいかもね~」と案じてくれたので、私も「歩くの無理そうなので、停泊時間も降りないでずっと船から景色見てますよ。」と言うと、「じゃあ、船着き場に停泊しないで、景色のいいとこずっと走っといてあげるよ!」というサービスの良さです。
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「前の船で来たお客さんが、船着き場でこの船を待ってたら可哀想だなぁ~!」という心配もどうやら杞憂だったようです。
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またこの海岸は、”日本初の海中公園”なのだそうで、この船は海の中も見られるグラスボートも兼ねていて、勿論カツオのような大物には出会えませんでしたが、小さな魚は本当にたくさん泳いでいました。
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次の見所は、四国一周のある意味目的地とも言えそうな足摺岬。
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灯台を目指して駐車場からしばし歩きます。憧れだった足摺岬の灯台を遠くからですが眺められた時には、何故か感無量でしばし言葉を失ってしまいました。
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今回の旅を始めて以来、島がたくさんある瀬戸内海の海をずっと見続けてきたので、島影が見えない太平洋の景色がとっても新鮮に見えます。どっちも、日本の海を代表する素晴らしい景色ですよね!?
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高知県は有名人の大きな銅像が本当に多い場所。この旅で最初の銅像は、この辺りの漁村出身のジョン万次郎。この人、ただ遭難してアメリカ船に救助されただけでなく、その後日本のために本当に様々な貢献をされた正に偉人なので、太平洋に向かって立つ銅像も、堂々と立派なものでした。
「おまんも、もっと働かにゃいかんぜよ!」と間もなく再就職する私を励ましてくれているような気がしました。
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今日の宿泊は四万十。この辺り、市町村合併で地名がみんな四万十になってしまって、とても分かりにくくなったのですが、昔の中村のエリアです。
ホテルは日帰り温泉も営業している温泉ホテルなのですが、「○×温泉」という温泉名がどこにも書かれていません。普通なら脱衣場にある温泉の成分表示などには温泉名が書かれているので見てこようと思っていたのですが、お風呂を目の前にすると結局2回入ったにも関わらずすっかり失念してしまいましたので、私的に”四万十温泉”と勝手に命名することにしました。

夕食で食べた四万十川の天然鮎、本当に絶品でした!

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8.四国一周の旅<その5:松山~内子~大洲~宇和島> [日本一周(一周目)]


6日目:10月8日(木)

道後温泉で温泉を満喫した翌日は、坊っちゃん列車を泣く泣く(?)諦めたので、気を取り直して朝から松山市内の観光を楽しみます。
といいながらも、昨日坊ちゃん列車をすぐ近くでじっくり見られて、これで今日一日の観光に使える時間が増えたのが、本音としてはちょっとだけ嬉しかったりもしています。

まず訪ねたのは松山城。このお城は、日本全国で12城、四国に4つ残る「江戸時代から残る天守閣」のお城で、今回の旅では丸亀城に続いて2つ目の”現存12城”です。松山城は、市内中心部にあるお城なのに、岐阜城のように小高い山の上に聳えているので、これも岐阜城と同じくロープウェイで登ります。
ロープウェイで登った上から眺めた松山市内。やっぱり四国最大の都市だけはある大きな街です。
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松山城は、やはり江戸時代から残っているお城だけあって、威厳というか格式がありますね。
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ここ松山城も天守閣の上に登ればもっと良い眺めなのでしょうが、江戸時代からあるお城には、バリアフリーなんて期待できそうにないので、天守閣への挑戦はせずに眺めるだけで満足することにしました。
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松山城の近くに、「坂の上の雲」ミュージアムがあるというので、立ち寄ってみます。日露戦争で活躍した軍人である秋山兄弟と、その友人正岡子規との3人の物語で、原作は司馬遼太郎ですが、5年ぐらい前までNHKが三年越しの大作大河ドラマ(?)として、年末限定で大河の時間帯に放送していて、そのドラマでこの坂の上の雲を知った私も、この3名の織り成すストーリーに興味があっての訪問です。
らせん状の作りのユニークなミュージアムでしたが、3人の功績中心に展示されていて、当たり前ですがNHKの大作ドラマ関連の展示は一つもなく、その意味では少しだけ期待外れでした。秋山兄弟役の阿部寛と本木雅弘、子規役の香川照之のエピソードぐらいはあるかなぁ? と薄々期待していたのですが…
ミュージアム正面には、緑の中に洋館が立っています。「大正時代に建てられた洋館で、今でもコンサートや展示などで使われているのですよ!」と近くにいたミュージアムスタッフの方が教えてくれました。でもここは松山一の繁華街のすぐ近くです。大都会のこんな近くに、こんな緑たっぷりな山と、今でも活用されている洋館と、江戸時代からのお城と、そして(道後)温泉があるなんて… 松山の人たちが羨ましかった瞬間でした。
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松山一の繁華街である大街道の喫茶店でしばし休憩。窓の向こうには市電の線路が見えています。「そういえば、坊ちゃん列車がちょうど今頃松山駅を折り返して来て、道後行きが通るかも?」と思ったその瞬間に意外と早いスピードでミニSLが目の前の線路を駆け抜けていきます。勿論、カメラを構える余裕も全くなかったのですが、とりあえず今日もまたちょっとだけでも坊ちゃん列車が見られたのでラッキーだったと思うことにします。

松山の観光はこれにて終了し、今日は愛媛県南部の行きたかった2つの町の観光に向かいます。坊ちゃん列車に乗車していたら、車をホテルに預けてまた取りに戻るなどかなり時間をロスすることになり、お昼過ぎまで松山にいなくてはならないので、この2つの町をゆっくり見るのは厳しいかなぁ~ と思っていたので、乗車を諦めたことにより2~3時間の時間的余裕が出来たことになります。
行きたかった2つの町とは、「内子」と「大洲」。共に風情たっぷりで昔から憧れてはいたものの行く機会がなく、自分の中での「永遠の憧れであるマドンナ」のような存在の町でした。

まずは美しい町並みが残っている内子を訪ねます。
内子の町なかに入る前に、「行きたいけれど、恐らくは無理だろうなぁ~!」とほぼ諦めつつも念のためメモしておいた、「屋根付き橋」に立ち寄ってみることにします。(これも、坊ちゃん列車を諦めたお陰です。)
でも、屋根付き橋までの道は思っていたより結構時間が掛かり、来たことをちょっと後悔し始めた頃にようやく辿り着きました。
これが、”愛媛版、マディソン郡の橋”と言われる弓削神社境内にある弓削太鼓橋で、屋根付き橋が多い愛媛県の中でもかなり有名な屋根付き橋なのです。
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”マディソン郡の橋”が流行った頃、この小説に熱狂した私は、舞台となったアメリカアイオワ州のデモインにどうしても行きたくって、営業マンとして仕事というより自分の趣味のために、ここに行くツアーを一生懸命売り込みに歩いたことを懐かしく思い出しました。さすがに他に行くべき理由もなく、また行くのにも結構大変な場所だったので、簡単に”よし、行こう!”と仰ってくれるお客さんも残念ながらいなかったので、夢は夢のまま終わってしまいました。実際に行けたとして、「”マディソン郡の橋”も屋根付き橋とは言え、所詮こんな程度の橋だったんじゃないかなぁ~?」なんてことを思いながらこの屋根付き橋をのんびりと眺めていました。
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内子町に入り、お目当ての昼食に向かいます。内子でというかここから宇和島までで楽しみいしていたのは、「南予風の鯛めし」です。愛媛名物の鯛めしと言えば、鯛をごはんと一緒に炊く鯛めしが一般的ですが、南予風の鯛めしはごはんと一緒に炊くのではなく、熱々のご飯の上に鯛の刺身と生卵を載せてたれをかけるというものらしいのです。私も愛媛には何度か来ていて、その都度炊いた一般的な鯛めしは何度も味わっているのですが、この南予風は食べたことがなく、楽しみにしていたのです。
昨日夜に急遽調べた、内子で南予風鯛めしを食べられるお店「りんすけ」。内子の町は意外と小さい町なので、お目当てのお店はすぐに見つかり、何はともあれ南予風鯛めしをオーダーします!
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もう一つの愛媛名物である「じゃこカツ」も一緒に注文します。はじめて愛媛に来た20年以上前、じゃこ天の信じられないくらいの旨さを知り、以来すっかり愛媛のじゃこ天の大ファンになった私は、以降四国に来るたび(&地元でも見つけ次第)にいつもじゃこ天を食べ続けてきたのですが、今回「じゃこカツ」の存在を知ったので、試してみないないわけには行きません。
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味については、「南予風鯛めし」については予想を超えた”まいう~!”で、「じゃこカツ」については、「やっぱり、じゃこ天の方がいいや…」 でした。

鯛めしに大満足して、町並み保存で名高い内子の町並みを散策します。まずは昔からの劇場である内子座に行ってみます。大正時代にできた劇場ですが、いまだに現役で使われている施設とのことで、内部の見学もできるようでしたが、何となくその気になれず”今度、ゆっくり来ますね。”と挨拶するだけに留めます。
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内子の観光と言えば町歩き。明治の町並みと称される落ち着いた懐かしい雰囲気の町並みをゆっくりと散歩します。「寅さんが歩いてそうな風景だね…」と言いながら散歩しますが、実際には寅さんはここ内子には来ていないようです。
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何組かの観光客は地元のお年寄りのボランティアガイドに案内されながら、この魅力ある街を散策しているようで、我々もそうできればよかったのですが、この日本一周の後半は、やはり最初の頃に比べて準備や計画に割ける時間が少なくなっているため、そこまでの細かい計画は立てられずにいます。九州から帰って来て、10日余りでこの四国に来たので、別の意味ではとてつもない贅沢を楽しめている訳ですから、そこまでの準備が出来ないのはそれはそれでやむを得ないことなのだろうと思っています。
でも、内子にはもう一回来て、内子座も町並みもそして他の屋根付き橋も、ゆっくり見たいと思いました。
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見たかった町のもう一つは大洲。この大洲は、寅さん映画の「寅次郎と殿様」の舞台で、寅さんシリーズには珍しくロケ地がかなり大々的にフューチャーされている作品&ロケ地は柴又と大洲だけ(冒頭の夢のシーンを除く)という、とにかくマドンナより大洲5万石の殿様である嵐寛寿郎がメインのような作品でした。
私が大洲という地名を強く意識したのも、当然この寅さん作品によってなので、今回その意味では一番楽しみにしていた町で、「四国に行く前に、この作品だけは見てから旅立とう!」と思っていたものの、結局見ることが出来ないままに旅立ってしまったという情けなさです。

「大洲のお殿様」が出てくる作品なので、何はともあれまずは大洲城を目指します。大洲城は再建されたお城ですが、そのお城の威容を見ても何故か既知感はありません。「映画には写ってなかったのかなぁ?」と思い、帰宅後しばらくしてからようやくその作品を見直してみましたが、城跡や石垣のところは写っていましたが、やはりお城そのものは映像にはありませんでした。
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大洲と言えば、寅さんより有名なのは”おはなはん”。伝説の高視聴率のNHK朝ドラだったので、妻も当然見ていて覚えているらしく、”おはなはん通り”と名付けられたこの通りを、懐かしそうに歩いています。とは言え、約50年前の朝ドラですから、本当に覚えているかどうかは謎ですが… 因みに、当時小1だった私は名前は憶えていても、詳細は全く覚えていません。ましてや、大洲の町並みなんて…
でも、この”おはなはん通り”は、寅さんでも使われていて、私のデジャヴ感はおはなはんというより寅さんによるものだろうと思います。
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この先の細い道のデジャヴ感も寅さんです。”記憶にある!”とパチリとシャッターを押しましたが、後で見返すと確かに、このあたりが写ってました。
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因みにこの角に、”東京ラブストーリーで、リカという人が別れの手紙を出したポスト”があって、今ではそっちの方が有名だそうなのですが、病気になるまで”月9ドラマ”などには全く縁がなかった私なので、全くの門外漢です。

町中を散歩しながら、観光協会の方にお勧めされた臥龍山荘も見学します。かなりいろいろな自然の仕掛けがある邸宅で、昔の人の粋を感じさせてくれました。大洲の町歩き同様、お薦めのスポットです。
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事前に寅さんを見ていれば、河原や橋などもっと見たい場所もたくさんあったのですが、妻がちょっと風邪気味の気配があるということで、無理をせずにとりあえず今日の宿泊地である宇和島に向かい、ホテルにチェックインして風邪薬を買いに一人で宇和島の街へ出ます。

駅前のアーケード街の殆どのお店にはシャッターが降りており、「これ… まさか、シャッター商店街??」と空恐ろしくなりましたが、実はこの商店街の大半のお店は”木曜定休”で、今日は大半のお店が定休日だっただけみたいなので、一安心です。

宇和島と言えば鉄ちゃん憧れの終着駅なので、入場券を買って宇和島駅をじっくり眺めに行ってみます。1番線にはディーゼル特急宇和海が停まっています。大洲、内子などを通って松山まで行く特急列車で、このまま乗って戻って見たくなりました。
線路が途絶えた終着駅の風情は、やっぱり郷愁を誘います。
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宇和島での楽しみは何といっても郷土料理。妻の風邪が心配でしたが、とりあえず”メシ”というと少しは元気になったみたいで、狙っていた郷土料理のお店に行きます。
宇和島の食事は何を食べてもとっても美味しく、本当にこれだけで個人的に大好きになりました! この、郷土料理だけを食べに、もう一度必ず宇和島には行きたいと思います!

〆の料理、妻は勿論昼に続いて”南予風鯛めし”ですが、私は鯛めしも食べたかったのですが、同じく名物という謳い文句につられて”さつまめし”を選択。鯛めしも絶品だったようですが、このさつまめし(因みに、薩摩との関連はないようです)も驚愕の旨さでした!
明日、もう一泊してこれらの旨いもんをもう一回食べ尽くしたいと思いました。
 
大洲の殿様の邸で、寅さんは毎晩旨いもんを食べたんでしょうねぇ~!?


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8.四国一周の旅<その4:今治~しまなみ~道後> [日本一周(一周目)]


2016年初めての投稿になります。
今年は、正月早々に残っている県である神奈川県の3回目と千葉県を一周する3泊4日の旅を敢行して、「今年中に、一周目は終らせるぞ!」という強い意思を自ら示した年の始めになりました。
この旅の旅行記は、四国、南東北の後になりますので、大分先になってしまうのでしょうが、とりあえず今年もせっせと通勤電車の車内で綴ることにします。
さて、しばし3ヶ月前の愛媛県にタイムトリップするとしましょうか…

5日目:10月7日(水)

温泉街を散歩することもないので、名も知らない一軒宿の温泉であってもお風呂さえ満足ならそれで良いのですが、この日は”温泉3連泊”の中日だったこともあり、前後の温泉がそれなりに有名な温泉だという影響でしょうか、この”湯ノ浦温泉”は残念なことに殆ど印象には残っていません。悪いことはなかったとは思うのですが、”良かった”というイメージもないので、”極めて普通”だったのかも知れません。

今日はまず、目の前に架かる橋である”しまなみ海道”を満喫することにします。5月の"山陰山陽の旅"では、広島県の呉から"とびしま海道"をドライブして、終点の岡村島からフェリーで”しまなみ海道”の大三島に出て、それからしまなみ海道を尾道まで戻ったので、今回はとりあえずその時に行った大三島まで行けば、今回の日本一周シリーズでもしまなみ海道はめでたく制覇となります。

まずはしまなみ海道最初の島である大島で途中下車です。この島の亀老山展望台には、まだ元気だった時に広島での仕事のついでにレンタカーを借りて、尾道としまなみ海道を満喫した時の到達最南端地点で、「次は必ず、四国まで行こう!」と絶景を見ながら誓ったことを思い出しました。
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相変わらずこの風景は絶景で、本当にため息の出るとても美しい景色です。本四3橋の中でも、この絶景はこの展望台が随一だと個人的には認定です。
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(前回の投稿でご紹介した2016年の年賀状にも、この写真を使っています。)

8年振りぐらいの亀老山展望台をたっぷりと満喫した後には、同じ大島の遊覧船に乗ることにします。
この”来島海峡観潮船”は、鳴門の次に流れが早いという急流のエリアをめぐる船で、しまなみの美しい島々や下から橋を見上げるダイナミックな景観が見られるのに加えて、うまくすれば鳴門のような渦潮までが船のすぐそばで見られるという、宣伝文句だけですっかり魅せられてしまったくらいの、魅力たっぷりの遊覧船です。
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この日は渦潮が見られる可能性が高いオススメ日ではありませんでしたが、一応それでも一番可能性が高い干潮の時間にあわせて船の時間を選んだ積もりでしたが、渦潮ができそうな高い波は見えたものの、ラーメンのなるとのような(古っ!)渦潮は残念ながら見られませんでした。
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でも、瀬戸内海の島々はやはりとっても魅力的で、下から見上げるしまなみ海道の橋は迫力満点でした。
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意外と楽しかったのは、今治の船の造船ドックをゆっくりと見られたこと。建造中の巨大な外国船籍の船は、完成した後には海中に沈んでしまう部分まで見えていて、かなり凄い迫力です。船の海に沈んでしまう下部の形は、知識として知ってはいたものの、実際に知識と同じ形の底を初めて見て、思わず感動してしまいました。
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次に訪れた島は、今日の折り返しと決めていた大三島。しまなみ海道に来る時には必ず立ち寄っている最大の島なので、4度目の訪問になります。
今日の目的地は大山祗(おおやまずみ)神社。大三島では温泉なども含め、かなりの観光箇所に行ったことがあるので、未訪の神社を訪問箇所に選択したのです。
思った以上に立派な神社で参拝をして、四国代表として車に貼る交通安全のステッカーを仕入れました。(ここ大三島も、愛媛県内です!)
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少し戻った隣の島は伯方島。以前、大三島にある「伯方の塩」の工場見学に行った時に、「実は、”伯方の塩”は伯方島では作ってない!」という事実を知ったので、今回も伯方島では特に観光の予定はありません。じゃあ、何しに伯方島に立ち寄ったのかというと、”塩ソフト”を食べるための途中下車です。実は最初に来た7~8年前にここの塩ソフトを食べ、かなりがっかりした記憶を忘れてはいないのですが、妻の希望と味の進歩に期待したのです。
お店の風景などには何となく記憶があり、「懐かし~い!」と思わず呟いてしまいました。
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嬉しいことに、味はかなり進歩しているようで、思わず”ハ・カ・タの塩!”と感動の雄叫びをあげてしまいました。

午前中でしまなみ海道の3つの島の観光を終えて、午後は今治に戻り今治城の観光です。
今治城の天守閣は復興されているのですが、お堀などは風情たっぷりに残っていて、楽しい散歩ができました。
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今治というと、私の世代的には甲子園で何度か活躍した今治西高を何故か強烈に思い出すのですが、ただ学校を見に行って不審者と間違えられるのも癪だし、とは言え他に見るべきところも思い付かないので、やむなく今治を後にします。
六大学でも活躍した三谷投手、今はどこで何をしているのでしょう?

本日の宿泊は四国を代表する温泉地の道後温泉。とりあえずホテルに車を預け、道後温泉では必ず行かなければならないほどの有名観光スポットである「道後温泉本館」を目指します。
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とは言え、漱石の時代からあるここ本館の浴槽には、当然の如く手すりはありませんので、私がここ本館のお風呂に入ることは出来ません。勿論、この本館には昔から何度か来ているので、私は本館には入らずに、道後温泉がはじめての妻に本館のお風呂を満喫してもらおうと、受付で待ち合わせ時間を決めます。

この間に、私は道後温泉の駅に行き、明日乗車を希望している「坊っちゃん列車」についての情報収集をします。
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ミニSLの坊っちゃん列車は定員制らしく、明日朝の乗車前にチケットをGET出来ればいいのですが、とりあえず窓口の女性に聞いてみます。
「明日の朝9時の坊っちゃん列車の切符は、今買えますか?」
「明日の朝の販売で、今は売れません。でも、明日の朝の便には団体の予約が入っていて、明日の当日券は立ち席のみで、販売は4枚だけですよ!」
と、貴重なプラチナチケットをひらひらとさせています。
4枚だけとは競争が激しそうで、我々のホテルは道後温泉駅から遠いので、近くの宿に鉄ちゃんが複数人いたらもうアウトです。元々、「10分ちょっとの乗車(松山城近くの途中駅で下車予定だったので)で、@500円はちょっと高いなぁ~!?」とも思っていたので、明日のスケジュールを考えると、残り4枚に掛ける気持ちも萎えてきます。
「仕方ない。今回、坊っちゃん列車乗車は諦めよう。」と決意はしたものの、”乗車はできないまでも、せめて坊っちゃん列車の姿だけは見られないかなぁ?”と思い、さっきの駅員さんに聞いてみたところ
「間もなく、本日の終電がこの駅に到着しますよ!」とのことなので、これは待たない訳にはいきません。妻との待ち合わせ時間には完全に遅刻なのですが、「ゴメン、ちょっと待ってて」とメールをした上で坊っちゃん列車の到着を待ちます。

予定時刻より2分遅れで、坊っちゃん列車はその可愛い姿を現してくれました。
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小さな客車は今日も満席で立っている人もいます。この可愛い列車は外から見るにはいいけれど、乗っていた人達にはとっても窮屈そうです。やはり明日乗らないのは正解なのかも知れません。
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終点なので、客車の切り離しやSLの専用車庫兼展示場への回送などを、本館の前で待たせている妻が気になりながらも、鉄ちゃんの本性剥き出しでじっくりと眺めてしまいました。
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ここが坊ちゃん列車の寝室で、明日の朝まで鉄道ファンに写真を撮られながら、しばしの休息を取るようです。
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道後温泉本館の前でかなり待たされた妻はややご機嫌ナナメ。「道後温泉本館は無茶苦茶混んでいて、ゆっくりと名湯を楽しむなんて出来なかった!」のだそうで、この1時間たっぷり楽しんだのは、どうも私だけだったようです。

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8.四国一周の旅<その3:香川県(後篇)~愛媛県> [日本一周(一周目)]


4日目:10月6日(火)

この日は、もう少し香川県を観光してから愛媛県に入る予定です。旅館の朝食には、いくら”うどん県”であっても、さすがに朝からうどんは出ませんでした!

再び海沿いに戻り、今日最初の観光は瀬戸大橋記念公園。この公園、瀬戸大橋開通時にはかなりの人が訪れた”瀬戸大橋博覧会”の跡地の公園なのですが、我々はとりあえずいつもの通り”バカと煙り”の習性として、とにかく高いところである「瀬戸大橋タワー」を目指します。
でも、駐車場から目指すタワーを見て、「あれぇ? 随分細いタワーだな~…」と思います。私の常識でタワーというと、”エレベーターで上に上がって、最上部にはやや広い展望台がある…”というイメージなのですが、それにしては上に展望スペースなどがかなり狭そうです。
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入場口に行ってようやくその理由が判りました。このタワーは中にエレベーターなどがあるわけではなく、外に丸い観覧スペースがあり、運転時間になるとその円形の展望台が上まで上昇してくれて、上で眺望を楽しめるという遊園地の乗り物のような施設なのです。椅子は外向きに円形に配置されているので、”瀬戸大橋目の前の席に座ろう!”と激しい席取り合戦になりそうな感じですが、上に昇ると同時に円盤も回転を始めますので、どこに座っても平等に瀬戸大橋が見えるということになっています。
今日も天気は最高で、瀬戸大橋がすごくきれいに見えます。
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ゆっくり回転する円盤は、最上部だけでも三回転して、我々に周囲の眺望を楽しませてくれます。瀬戸内海の島々は、何度見ても本当に最高です!
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朝9時のオープンに合わせてこのタワーを訪れていたので、他の観光客はおらずに我々の貸切状態でした。この円形の観客席が上昇した時の写真を撮りたかったのですが、その後も平日の朝なのでまだお客さんは誰も来ないらしく、ちょっと待ってみたのですが、円盤が再び上昇することはありませんでした。

歩いて行けるエリアに、東山魁夷画伯の美術館があるというのでこちらも訪ねてみます。”東山画伯って、香川県の出身なのかしら?”と思っていましたが、長野県小布施の北斎美術館などと同様に、画伯も香川のご出身ではないのだそうです。とは言え、この美術館には画伯の作品は結構多く、それなりに見応えのある美術館でしたが、東山魁夷の作品として私でも知っているクラスの有名な代表作は、残念ながらここにはありません。
とは言え、風景画が好きな私としては、ゆっくりとさまざまな風景を堪能させていただきました。さすがに”昭和を代表する日本画家”だけのことはありますね…

車は丸亀市に入ります。丸亀と言えば、最近我々がしょっちゅうお世話になっているうどん屋チェーンの”丸亀製麺”のお陰で、私にも妻にもすっかり馴染みのある地名のひとつになりました。
「”丸亀製麺”、ないかなぁ~?」と妻も車の中からキョロキョロと町中を探していますが、「丸亀製麺の本社は確か神戸で、丸亀にお店はない。」と教えてあげると、何となく残念そうな妻でした。
でも、丸亀には日本で12ヵ所しかない「現存する天守閣のあるお城」の一つである丸亀城があります。この丸亀城は、現存する12城の中では最も小さい城なのだそうですが、全国12城のうち4つがここ四国にあるということなので、今回の旅でその4城は全制覇したいと考えていて、この丸亀城がそのスタート地点です。

案内文等には、”小さいお城だが、立派な石垣が城を大きく見せている。”と書いてあるのですが、確かに天守閣への道は坂がきつく、階段ではないのに私は登るのにかなり苦労しました。そして石垣はかなり高く積み上げられた石垣です。有名なお城の石垣のように、1個1個の石が大きい石垣ではないのですが、小さい石段がかなり高く積み上げられていて、その高さには結構圧倒されます。
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とは言え、石垣だけの写真では、迫力は伝わらないですよね… ”素人の悲しさ”ですね。

苦労して坂を上って、ようやく、天守閣に辿り着きましたが、確かに”可愛い”サイズの天守閣です… とは言え、広い日本列島の残り12城の一つなので、心してご挨拶させていただきました。
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展望台から眺めると小さな山が見えています。あの山が”讃岐富士”と言われる”飯野山”なのでしょう。この山の存在を知り、名前を覚えたのも”丸亀製麺”の店内です。店内に貼られているポスターで、この小さくて可愛い”讃岐富士”を覚えたのです!
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次に、誰がどうやって作ったのかは謎という”銭型砂絵”を見に行きます。ここに行く理由は、「”銭形を見たものはお金に不自由しない”という言い伝えがある。」というのをとにかく信じたいと思ったためです。一方通行の坂道を車で登って行くと、本当に写真と同じ見事な風景が現れます!すぐにも壊れそうな&消えそうな砂絵なのに、1600年代(一説には1800年代)から続いているということが少々信じられない眺めです。
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「台風などで、この砂流されないのかしら?」と心配になりますが、やはりある程度のメンテナンスは当然必要になるようで、年2回の”お化粧直し”の時や、台風などで被害を受けた時には、市民総出でメンテナンスされているそうです。そう考えると、(これで一生お金に困らないのであれば)入場料ぐらい払ってもいいような気がしますが、ここは遠望ポイントなので、勿論入場料は掛かりません。募金箱でもあれば、いくばくかの浄財を置いてきてもいいと思ったのですが、そんな箱などは見つけられませんでした。

さて、お昼は今日も”うどんタイム”です。今いる場所は香川県でも最も西で愛媛県に隣接した観音寺という市なのですが、ここ観音寺市にもうどん屋さんは多く、道路を走っていると香川では”うどん屋さんが営業中のしるし”である黄色いライトがくるくる回っているのを相変わらずあちこちで見かけます。数えてはいないのですが、2分ぐらいドライブすると最低でも1軒はうどん屋さんがみつかる… というくらいのペースだと思います。(観光客なので、大きな道路中心に走っているからだろうとは思いますが…)

本日1軒目は、”将八うどん”。このうどん屋さん、香川県内に何店舗かお店があるようで、昨晩泊まったホテルの目の前にもこの将八うどんの琴平店があったのですが、この将八うどんはここ観音寺が本店のようなので、本店に敬意を表しての訪問です。
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本日の2軒目は、”食べログ”で観音寺のうどん屋さんの最高点を獲得しているお店「上戸」。海沿いの国道11号沿いの海の目の前にあるお店で、こういうロケーションのお店には日本全国で何度もお目に掛かっており、ここ香川以外では例外なく”海鮮のお店”なのですが、さすがにうどん県ではやっぱりうどん屋さんです。
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名物ポイントはここの”いりこのだし”だそうで、純粋にうどんと出汁だけを美味しく味わわせていただきました。大きいままの生姜とおろし金が客席に置いてあって、”生姜を入れたきゃ、自分でおろしな!”的な対応がいかにも香川らしいなぁ… と、思いました。
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このお店から1キロも走ると、もう愛媛県です。愛媛県に入ってからも、妻と今回うどん県で食べた6杯のうどんの中で、どのうどんが一番美味しかったかを言い合いましたが、今回の旅でのNO1は、今日の1杯目に食べた”将八うどん”ということでは、珍しく妻と意見が一致しました。勿論、他のお店が不味かったわけでは決してなく、どのお店も甲乙つけ難いという名店揃いの中で、”あえてNO1を選ぶとすると”という究極の選択を強いた結果、たまたま2人の意見が偶然にも一致しただけなので、次回のうどん県周遊の時には、また改めてその時のNO1を決めたいと思います。
でも、全体的に丸亀製麺をはじめとした関東にもある讃岐うどんのお店がかなりレベルアップしていて、地元のお店に堂々と伍していけるくらいのレベルになったことを改めて痛感しました。関東在住者としては嬉しい限りなのですが、反面昔のように旅先で地元の味に感動するサプライズが少なくなることに、一抹の淋しさを覚えました。

いよいよ四国2県目となる愛媛県です。今回、ここ愛媛と次の高知には各々3泊づつして、その魅力を満喫することにしています。
愛媛県最初の見どころは”マイントピア別子”と称する別子銅山跡。”東洋のマチュピチュ”という宣伝に釣られての訪問なのですが、その東洋のマチュピチュに行くには園内の観光バスに乗る必要があります。車ででも行けるらしいのですが、「道が狭くって、危険!」的な案内がとにかく多く、片手・片足運転で運転には自信がない私には、マイカーで行く選択肢はありません。とは言え、観光バスの出発時間は13時が最終で、観音寺で我々がうどんを楽しんでいる間に、容赦なく本日の最終バスは出発してしまっていますので、マチュピチュ的な風景が楽しめないのなら、行っても無駄かなぁ~? という考え方もあったのですが、ホームページにはSLも掲載されているので、鉄ちゃん魂を大いに刺激され、予定通りに訪問することにしました。
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SLは、予想通りというか予想よりもずっとがっかりでした。てっきり炭鉱の中をSLで走りながら炭鉱を見せてくれると(勝手に)思っていたのですが、実際には入場口と炭鉱入口の間の連絡だけで、シャトルバスでも十分な役割です。
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銅山の中も色々なところで何度となく見た炭鉱の歴史などの展示で、失礼ながらわざわざ愛媛まで来て見るものではないと感じました。
地元の小学生の学習用と断じてしまったら失礼かもしれませんが…

本日の宿泊は今治近郊ですが、ホテルに行く前に”今治と言えば…” という施設を覗いてみようと思います。それは、「今治タオル美術館」。
今治と言えばタオル。色々なところで、「今治のタオルはふわふわで最高!」という話をよく聞き、その余りの心地よさに頬ずりしている芸能人などを見るにつけ、「少し高くても、俺もそんな最高の1枚を探したい。」と思い、行ってみることにしたのです。
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予想通り、美術館が主役というより完全にタオルの売店が主役で、美術館そっちのけで、妻は早速知人に送るプレゼント探しです。私も、頬ずりしたくなるような最高の1枚を探して、広いショップ内を探しまくりましたが、残念ながら値段と触り心地を比較すると、どうしても欲しい1枚は見つかりません。というより、頬ずりしたくなるような最高の1枚は、値段に関わらず結局見つかりませんでした。

とは言え妻は知人へのプレゼントはしっかりと仕入れたらしく、これで当初の目的は達成して美術館なんて入らなくてもいいのでは? とも思いましたが、折角なので入場してみることにします。美術館の中には、タオルでおられたムーミンの作品などが展示されています。
この作品が、唯一撮影を許可された作品だったのでよっぽどの自信作なのでしょうか…?
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ムーミン、子供の頃よく見ていた記憶はあるのですが、ストーリー等今となっては全く思い出せません。唯一覚えているのは、”ねぇムーミン、こっち向いて”というあの主題歌だけなのです。

本日の宿泊は今治近郊の湯の浦温泉。”お遍路さん向け宿泊プラン”を利用しての宿泊ですが、「お遍路さんじゃありませんけど、このプラン利用できますか?」と確認してOKをいただいた上での宿泊です。

のんびりと温泉を満喫して、明日に備えて英気を養いました。


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8.四国一周の旅<その2:香川県(前篇)> [日本一周(一周目)]


3日目:10月5日(月)

高松市内のホテルは東横イン。前回の東横イン泊まりは8月の富山で、あの時にはとにかくアルペンルートのスタート地点立山に早く着きたい一心で、東横インの無料朝食を権利放棄したのですが、ここ高松でも朝食は権利放棄することにしています。
勿論、朝からうどん県のうどん三昧を楽しむためです!
今日の朝食は、ホテル裏の住宅街にある”松下製麺所”。勿論、事前にしっかりと下調べは済ませているお店です。
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さすがに観光客らしいお客さんは我々だけのようですが、7時半の開店直後からポツポツと地元民らしいお客さんが来て、いつものことのようにうどんを掻きこみ、足早に店を出て行きます。
私も、朝からいつものように揚げ物を食べてしまいました。
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高松最初の観光地栗林公園へは散歩がてら歩いて向かいます。5月に山陰山陽の旅の帰路にも、この栗林公園すぐそばのホテルに泊まったのですが、あの時は近所でうどんを食べただけで、栗林公園には来ていません。市民の散歩のためなのか、朝早くから開園している栗林公園は、市内中心にあり、まさしく朝の散歩にはもってこいの場所ですね。
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水前寺公園のある熊本といい、兼六園のある金沢といい、街の真ん中にこんなに広くて趣のある公園を持つ街を、心から羨ましいと思うのは、私だけではないでしょう。
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街中の公園なのに公園内には適度のアップダウンがあり、私的には上り下りに苦労する場所もいくつかありました。でも、その分眺めは絶景でしたが…
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順路の中で、石を伝って川を渡る場所があります。普通の人なら何故こんなところが問題になるのか全くわからないところなのですが、情けないことに今の私には渡れないのです。
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改めて写真を見ても、「何でこんなところが怖いの?」と、自分でもアンビリーバブルなのですが、これが今の私の情けない現実なのです。

朝の栗林公園散歩を終え、ホテルに戻りチェックアウトをした後に改めて高松の市内観光のスタートです。
最初のみどころは高松城趾のある玉藻公園。昨日フェリーを降りた高松港やJR高松駅のすぐ近くにある公園です。
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天守閣は残っていないものの、見事な石垣はきちんと残っていて、石垣越しに見る高層ビルがいい雰囲気です。
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高松城の遺跡というか兵の夢の跡をゆっくりと見させていただきました。
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次のみどころは屋島。言わずと知れた源平「屋島の戦い」の舞台です。屋島は、那須与一の
扇の的の故事などもあるので、私的にはもっと海に近い低い場所だと思っていたのですが、有料のドライブウェイはグングンと高度を上げて、高松市内や周辺、遠くには瀬戸大橋まで見える予想を遥かに超える高い場所で、「ここまで登るだけでも、源氏も平家も大変だっただろうなぁ~」と思わせるところでした。
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古戦場としてのみどころは別として、高松市街地や瀬戸内海のしまなみが見える展望所としても超一級の観光地です。
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説明書きを色々読むうちに、「実際に、源平が戦った場所はもっと下の方」と知って合点が行きました。確かに、ここは古戦場としては高過ぎですよね!?

屋島には、四国88箇所のうちの1つである屋島寺があります。今回、「四国一周する」と言ったら、何人かの方に「だったら八十八箇所廻りしたら? 意外と(失礼!)、いいよ!」と言われていたのですが、そこまでの根性もないので、今回はお寺めぐりはパスさせていただく積もりですが、観光箇所の近くにお寺があれば、やはり参拝させていただこうと思います。
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四国のお寺は、どこも想像以上に立派なお寺ばかりでした。

いよいよお昼の時間です。今回、うどん県にいる今日と明日には、とりあえずお昼にはうどん屋さんを1日に2軒は回ろうと思っていました。
今日の一軒目は、ひやあつなどの発祥の店といわれる宮武うどん。妻とひやあつとあつひやの違いを車内で予習してから店に向かい、私はひやあつで妻はあつひやをオーダー。お互いに違う熱さで満足したのでした。
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この日の二軒目は、”釜玉”うどんのルーツといわれる山越うどん屋へ。この日は期せずして"発祥の地"シリーズになってしまいました。
私の大好物である釜玉の元祖なので、このお店との因縁はずっと前に遡ります。まだ病気になる6年前のGWに、仕事半分とうどん半分で一人でレンタカーで、香川県のおいしいうどんを求めてさまよった時のことです。当時は1000円高速の時代で、瀬戸大橋から全く動きが止まった大渋滞が始まっていたのですが、香川県内の車の半分は本州ナンバーの車だったくらい、とにかく凄い車の数だった記憶があります。
みんなの目的は当然、うどん。この少し前に”うどん”という映画が流行ったので、この時のうどん屋さんの行列は前年のGWと比べても半端じゃなかったようです。
GWなので90%以上の車が二人以上での来店ですから、運転手が車に残って駐車場の行列に並んでいる間、もう一人がうどんの行列に並べば待ち時間は1時間強で済むようなのですが、一人で両方の行列をフルに並んだ私は、一軒目でいきなり3時間行列の洗礼を受け、それでも次にお目当てのここ山越うどん屋まで来ては見たものの、駐車場のあまりの混雑と凄い人の行列にすっかり怖じ気づいて、結局断念してしまった過去があったのです。

さすがの山越うどんは今日も行列だったのですが、勿論6年前のようなことはありません。でも、この旅唯一のうどん屋さんの行列だったので、6年越しの待望の釜玉をあっという間に完食して店を出た後に、写真を撮っていないことに今更ながら気がついたのです。
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いくら悲願達成の瞬間とは言え、いささかみっともない山越うどんでした。

午後は金比羅山に向かいます。こんぴらさんと言えば長い長い階段で有名ですが、写真を見ても殆ど手すりが写っていないので、”この状態なら、自分的には上に上がるのは無理かも?”とは思っていたのですが、香川県と言うより四国を代表する観光スポットだし、これだけの有名観光地では何らかのバリアフリーがあるのが今までの旅での経験値だったので、”まぁ、何とかなるだろう”と、気軽に考えていたことも確かです。
それでも”何とか楽して上に行く手段はないかしら?”とあれこれ探していて、階段の中腹まで行くバスを見つけたので予約をしていました。
バスとは言いながら、実際に迎えに来たのはタクシー。中腹までの間にこの(バス&タクシー)会社の車しか通れない専用道路があるため、独占営業のようなのですが、料金は二人で1100円とタクシーにすればメーターより確実に安い良心的な独占営業です。
「帰りも、ここで電話すれば迎えに来ます」とは言われたものの、バス乗り場から参道中腹までの階段が急な上に手すりが不完全で、昇るのが精一杯でとてももとのバス停までは戻れそうにもありません。この先を十分に不安にさせるバス停でした。

ようやく参道中腹の大門に出ることができ、上下の階段を改めて見渡しましたが、見事なくらいにバリアフリーのバの字も全くなく、手すりはおろか何一つつかまるようなものは皆無です。でも、行くも地獄ですが戻るにしても来た道は怖くて戻れないし、階段を降りるのも昇るのもどうしようもありません。
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とりあえず、1区間だけ階段を慎重にそろそろと昇り、さっきの場所よりは広い椅子などがある広場まで出て、ここで私は金比羅山を断念します。
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この先、昇ることは出来るのかも知れませんが、手すりのない階段は昇るよりもむしろ降りる方が怖いので、降りることを考えると、これ以上昇るのは自殺行為です。
妻には、「俺はここで待って、降り方の情報収集をしてるから、悪いけど一人で参拝してきて! それと、安産祈願のお守りを買って来て!」と頼みます。この旅の前に、来年5月には我々にも晴れて初孫ができることを知り、この旅では安産祈願のお守りを買うことが新たな大きなミッションになっていたのです。

妻を待つ間、近くの施設の人などに、何とか階段を使わずに降りる方法がないかどうかをヒアリングして回ります。
引き返す場所としてここを選んだことはどうやら大正解だったようで、ここのちょっと裏側には荷物を運ぶ車の駐車場があることがわかり、車が降りる坂なら私でも問題なく降りることができそうです!

参拝を終えて戻って来た妻は開口一番、「行かなくて大正解! この先、手すりは全くなく、おまけに階段は益々急になるので、健常者でも大変だった!」「足の悪いお年寄りが、何とか急階段は昇ったものの、手すりがないので降りられずに、途方に暮れて上で泣いてた。」ことや、「別のお年寄りは階段に座り込んで、おしりで一段づつ階段を降りていて、本当に可哀想だった。」とのこと。天下の観光地金比羅山のこの現状、タレント使って派手に”うどん県”をPRしている香川県首脳は、毎日お年寄りを困らせて、泣かせていることをご存知なのでしょうか??

何とか見つけた車道は、かなりの遠回りですが車道なので私でも歩ける道です。階段の参道にはお土産屋さんや見所などもたくさんあり、退屈しないのでしょうが、当たり前ながらこの車道には、人も誰もおらずにお店も全くありません。でも、手すりがない階段の恐怖がないので、我々にはこっちの方がずっとましです。

結局、私的には金比羅山では何の観光もしませんでしたが、安産祈願のお守りだけが唯一のお土産になりました。

今晩の宿泊は琴平温泉。こんぴらさんには手すりがないのに、お膝元の琴平温泉の大浴場に手すりがあるのは、何とも皮肉なものです。早めに観光を切り上げたので、のんびりと温泉につかり、疲れと悔しさを洗い流しました。

夕食は温泉旅館の定番の料理でしたが、最後のご飯はうどんもチョイスできるのはさすがにうどん県です。本日4杯目のうどんでした。
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